世界紀行

キエフ:話すに事足りない歴史と文化

世界紀行を読んでいる読者はヨーロッパを歩いていて自然にキエフに行き着くような存在であるのを感じるでしょう。昨年の10月に私達は日本代表がワールドカップで滞在するドイツのボンを訪れた際、ラトビアとの試合後、このキエフを訪れた。つまり遠征の締めくくりとしてウクラニアの首都であるキエフで同国代表と親善試合をしたのである。 

キエフを語るには少し深く潜り込まなくてはならない。主要な出来事に関連しているこの街である。ウクラニアは元ソ連の一部であったのだが、基本的に共産主義がベースになっている。

ヨーロッパでの主要都市キエフは教育的にも文化的にも一つの中心である。人口は約3百万人。町の特徴としては歴史と自然の繋がりが主なものである。ホテルの近くの公園を駆け足で見て来たが、銅像が多いことに気を取られた。それも殆どが第二次世界大戦における人物で、ドイツを敗戦に追い込んだ元ソ連の役割を象徴しているようだった。しかも、公園を行き来する人々の多いこと。

もう一つ興味があったのは横の写真にも写っているが、公園や通りの名前がロシア語で書いてあること。それは良しとして、日本で生活する一人のブラジル人がロシア語を見て不思議に思うとは変かもしれない。まあね、だけど日本では文字が絵のような象形文字であるから全く解らない。ロシア語はそうでは無く、見て考えるに6つか7つの子音があれば一つの言葉になると思うが、時には母音しか並んでいない。それが奇怪に見える、名前などとても発音できない。

歴史を保持するための配慮をするのは偶然ではない。博物館などに陳列する数々の物品、それ以上にキエフの至る所に存在するアートや建築物は人類の財産とも言われている。

残念な事に指導部のメンバー、エドウー、リカルド、里内にカンタとあまり街を見て歩けなかったが、主要な公園を幾つか歩き写真にも収めることが出来た。

写真に記録出来なかったが、これ以外にも11世紀辺りからの世紀に渡る歴史的な修道院やカテドラルが存在する。宗教熱心な人なら少なくとも6箇所は見なくてはならないだろう。

文化的な遺産の写真を撮らなかったと言うと、そうではない。横に一枚載せたのは劇場・テアトロを写したものである。国と街の文化的豊富さを証明するシンボルでもある。音楽や演劇のパフォーマンスが多いのはこの地域の特徴でもある。これも興味深い。

文化、歴史に芸術的エンターテイメントには事欠かない。勿論サッカーもある。月曜日に必ず新聞を読む人々はデイナモ・キエフの勝敗を正確に知っているのだ。我々にして見ると、この部分では少しがっかりした事がある。ウクラニア代表との試合で我々はレフェリーの手助けで勝った同国代表に落胆したのだ。

公園で私を取った写真にその結果が現れているようだ・・・私とサル。私はピッチの中と公園でも困惑してしまった。(ポルトガル語でサルの事をミッコとも言う、ブラジルの格言でミッコとは困惑する、代償を払う、恥じると言う意味にもなるので、その言い回しを使った表現)

だがキエフにはその責任は全くない。又一つ世界紀行を続けるリストに入る街である。ヨーロッパを訪れるならここも立ち寄っても良い所。

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