世界紀行

ベートーベンの街、ボン

ラトビアとウクライナとの親善試合をした最近のヨーロッパ遠征で、私はドイツに寄ってボンという町を訪れた。来年のワールドカップの一次予選で日本代表チームを受け入れる可能性のある街である。妻サンドラを伴っての事だったが公式的な仕事だった。日本サッカー協会と交渉中であったホテルや練習用施設を視察するのが目的だった。とても気に入った街であることは否定出来ない。その理由はこのコラムにも紹介したいほどの事だからだ。 

1990年まではボンは西ドイツの首都だった。ライン川の左側のほとりに所在する。コラムでも紹介したコロニーの町に近い利点もある。代表チームがこの街をベースにすると言う話とは別に考えても良い街だ。コンフェデレーションズカップでブラジルと対戦した所もコロニー(ゴシック建築の教会)の街だった事を思い出して欲しい。ボンはそのコロニーとは20キロほどしか離れていない。街路樹が多く歴史と伝統を保っている。

美しい建築仕様、近代的な部分と公園の緑とが上手く調和されていて、チャーミングなライン川の流れがヨーロッパの中でも一層ロマンチックにしている。だが、ボンの町をロマンチズムだけが引き立てている訳では無い。偉大な音楽家の中でも有名な18世紀のクラシック作曲家が生まれた町である。時は1770年、音楽一家に生まれた彼のその家は未だに保存され、ピアノ、手書きの楽譜、写真に額などが陳列され博物館となっている。

ボンは約40万人の人口を抱え、散歩をして気が付けば自然と市街地のハーモニーを見入ることが出来る。発展した首都の反面のせいであろうか、旧ドイツの資本主義のせいかも知れない。その基本は工業発展には観光の重要性を伴って来ているようだ。多くは地域の千年以上の歴史を貯える幾つかの博物館に興味をそそられる。それらはヨーロッパの中心的な大都市でも同じような一つの名詞代わりにもなっている。そしてその反面、化学工業、陶磁工業、薬品工業やその他の工業が観光面とがっちり握手をしているのだ。

私達は街の中身を知るだけに入ったのではなく、勿論スポーツ施設も見たが私はとても気に入った。スポーツを実践するに不足しない体育館、室内プールも大変良い環境、グラウンドも良いし、スタジアムも素晴らしい。驚くことにこれらの施設は国内リーグでは4部を戦うチームが持ち主なのだ。陸上トラックも付いている贅沢なもの。ブラジルの多くの一部チームでさえ持っていない。ホテルの支配人とも話をしたが、世界大会を戦うチームが落ち着いていられる場所としては申し分ない。

ボンは私が正直にまた来たい所だと感じた。それにサンドラと通りや公園を歩いたのが印象に残ったのもある。旅行で歩くといつも驚く事がある。ボンはひょっとしたら2006年の幸運なキーを仕舞っているかもしれない。どのようなことであれ、何か力になるエネルギーが有るなら何でも歓迎したい。そこで、読者もワールドカップでドイツに行く事があったり、あるいは別の機会に訪れることがあるなら、ピアノとベートーベンを思い起こす土地を忘れないで欲しい。

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