世界紀行

中国、伝統とテクノロジー

今回は街の事だけでは無く、中国での滞在で体験した事などもつけ加えたいと思う。まず地球上で最も人口が多いと言うが、その広さを想像する事さえ難しい。私が何かをしようとするなら、それは底なし沼にでものめり込んでしまうかのようである。全部を言えるわけもないしとても出来ない事なので、その中でもアジアカップの時に日本代表と一緒に滞在した三つの街に的を絞ってみようと思う。それは重慶、済南と首都の北京である。

始めに滞在したのは重慶という街。そこでは準決勝まで滞在した。地方色の強い町だった。その歴史を辿れば、日本との紛争に出くわす。その怨恨が残っているらしく、私達はスタジアムでブーイングを浴び、大変困難な一時を過ごした。それに気温も高く,練習中のピッチ上も焼ける様な暑さを温度計は示していた。現実には重慶の街は中国21世紀の陽光を浴びて発展していたのだ。資本主義には扉を開け近代的な建築物が目立った。反面周りにはまだ千年の伝統も存在していた。

あまり街に出かける時間もなかったが、それでも我々スタッフはエドウーを先頭に“中国的商法”を見つける事が出来た。それはジーコの部屋でも取り上げたことがある。だが、私が重慶の街で一番驚いた事はそこにもブラジル人が試合を見に来ていた事だった。中国人応援団の中に紛れてルイスがいた。日本代表を見るためにとんでもない旅行をしていたのだ。その甲斐有って代表では大変歓迎された。

準決勝では街を変える事になって、済南という所に移動した。そこはプレッシャーを感じる時間が無いほど早く過ごしてしまった。日が昇る東洋の街、済南は自然が素晴らしい所だったが、それすら良く知る事も出来なかった。地下水郷が走り、池が多くそれを沢山の河が繋いでいた。その美しさは国内でも有数の観光地としても有名だった。決勝進出が決まり、そのおかげで更に滞在が短くなってしまった。決勝を行なう首都へ移動するためだった。

人類が造ったそれこそ偉大なるモニュメント:万里の長城。聞くところによると、人間が作った物で宇宙からも見られる唯一の物だと言う。そうだろうか?そこには日本代表団全員で出かけた。基本的に心配事も忘れてつかの間の息抜きを大事なアジアカップ決勝の試合前にする事が出来た。中国特有の三角帽子をかぶり、長城の中をたわいもない話をしながら歩く。そんな気楽な雰囲気を満喫した一時だった。そこから妻サンドラにも電話を入れて懐かしさを置き土産にした。チームはリラックスして私は少し歴史を知ることも出来た。万里の長城は紀元前200年ほどの時代に当時の中国の王、キン・シン・フアンによって造られた。長城は一度には作られず、明の時代(1368-1644)まで続けられる。そしてその長城は世界最大の要塞と言われるまでになる。

最後の大都会は私達が歩いた大陸国の終点でもあった。国際的に北京と呼ばれていて、2008年にオリンピックの開催地にもなるため最新のテクノロジーを駆使して準備を進めている。スポーツには最大限の投資をしているようで、その発展は世界でも古代的な民族が多い国にしては驚くべきものである。北京だけでおよそ1千百万人が住むといわれている。何でもメガなのだ。私達にもメガ・・・つまりメガ勝利があった。その優勝はいつまでも心に残り私の人生にも刻まれた。

私達の勝利だけではなく、恐らく千年の伝統に生き、なお新しいものと混ざり合う東洋の民族が西洋民族に提供してくれるものがあるからだろうか、それが中国の価値でもあるのかも。終点になりパスポートにスタンプを押して世界紀行を後にする・・・。 

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