インタビュー

Virna(ヴィルナ)

[2005.07.07]

彼女はジーコと同じように背番号が10番。同じくジーコと同じフラメンゴでもプレーした。そしていつもフラメンゴを応援していた。似たような環境だ。彼女はヴィルナ・ジーアス。リオ・グランデ・ド・ノルテで生まれた、そのブラジル東北地方ではチャンスが少ないため遠い距離を克服しリオまでバレーボールをする為にやって来た。そしてサンパウロではブラジル・バレーの偉大なアタッカーの一人となった。心からのフラメンゴ・サポーター、ヴィルナはフラメンゴでナショナル・タイトル制覇を達成させ、自身あの頃が一番いい時だったと自負する。

以下の会話ではもう34歳になるまだ少女のようなあどけなさと質を保つその選手をもう少し知る事が出来るであろう。イタリアでのシーズンの後、リオで休暇を楽しむ彼女にサイトからの質問を幾つか答えて貰った;

バレーのプロ選手に成れると確信したのはいつ頃の事?

本当はね、たまたまだったの。小さい頃学校で体育の時間から逃げ出したくてね。先生は何かスポーツをやっている子は開放すると言ったので、私は攻撃の力があるからハンドボールをやりだしたわけ。でも接触が多いので溶け込めず、バレーボールに転向した。それが凄く好きになってしまった。わずかの間で私はリオ・グランデ・ド・ノルテの選抜に選ばれてからはやめめられなくなって・・・今日までやってる。

振り返ってみて、君の人生で今やっている事より何か別のことをしていたかも知れないと思う?

そうは思わないわ・・・。いつもバレーボールに最大限取り組んでいたから。私を知っている人は、一つの事に入ると最後までやってしまうのを解っているから。私個人の生活とバレーボールを区別はしていない。それは何故かと言うと私はやる事を愛しているから。

コートに入るのは他の理由は何も無い、このスポーツに愛情があるのです。幾度か目標を達成出来なかったのは意識や能力の問題ではないのです。振り返ってみても私は常に全力で戦い制覇して来たものに注いで来たつもり。

200年から2シーズンフラメンゴでプレーして来た経験と、10番のシャツを着る事はどうでしたか?ファンクラブがナショナル・バレーに不足であると感じていると思う?

間違いなく私の一番良い時代だったと思います。私の大好きな街にもいましたしね。クラブは小さい頃から応援していたし、そこでジーコと同じ10番のフラメンゴ・ユニホームを着るのは最高だった。私には栄誉な事だった。フラメンゴのシャツと共に忘れられない時が幾度もありました。おばあちゃんになったらきっと観客が一杯のマラカナンでヴァスコを相手にブラジル・トロフィーを手に自分の名前を吼えているのをいつも思い出す事でしょうね。単純にファンタステイックだった!!!あの頃が凄く懐かしい。クラブはサッカー以外のスポーツにももっと投資するべきだと思うわ。スポーツはそれが必要です。誰かが家から出て一つの企業を応援に行く事が、自分の心のクラブを応援に行くよりもっと難しいと思うわ。

君が所属した内で一番良かったチームは?

それはフラメンゴが名選手ばかりのチームだったのは否定出来ないわ。レイラがいて、ジゼーレがいて、アルレーネもいて。凄いチームだったのよ。それとオザスコのBCNのチームも良かった。フェルナンダ・ベンツリーニと共にチャンピオンにも成ったし、沢山あるわね・・・。けど、この二つが一番思い出深い。

個人的にバレーで一番感動したのは?

フラメンゴでチャンピオンになる事と、ウイニペグで金メダルを取ったこと・・・。

ブラジル代表に行きたいのは選手なら誰でも目標にするけど、君の場合代表に行った事をまとめるとどんな感じ?

10年も続いた愛情ある付き合いだったわ。私はブラジル・セレソンの為に出来るところまで精一杯やった。いつも黄色と緑のシャツを二枚目の肌のように着ていた。自分の国を代表すると言う事に凄く誉を感じていました。オリンピックで2回メダルを取りました。シドニーとアトランタの銅メダルでした。グランプリでは4回チャンピオンになり、又パン・アメリカンでもチャンピオンになって・・・いつも最大限力を出してブラジルの為に血を注ぎました。

今ブラジルのバレーはかなり高いレベルにいる。もっと多くのクラブやスポンサーと強力な選手権にするためには、何が不足していると思う?

スーパーリーグは大変強力な選手権です。それは海外の大会には何も欲しいものはないと思う。私達は世界の優秀な選手を抱えています。期待はしてますけど、企業がもう少しインセンチブを持ってくれたら、スポーツはもっと成長すると思うけど。

イタリアでバレーをやって、その経験はどう言うふうに進んでいるかな?君のチームは今期3位で終わったようだけど。

イタリアの選手権も同じようにかなり強力です。世界中の優秀選手が集まってやっていますからね。イタリア国内以外でも、ヨーロッパ・カップとヨーロッパ選手権にも私達は出場しています。シーズンはとても疲労を伴うけど、同時に楽しいです。運営もきちんと成されていて内容を知る事に価値がありますね。

プレーを辞めると言う事はいつも複雑だけど、君はコートを後にしたら何をしたいですか? 

私はまだそれは考えていない・・(笑い)。でも、いつかその日が来たら、何かスポーツのジャーナリズムでもやってみたい。スポーツ界から離れるのはイヤだわ。テレビの世界は私を快活にしてくれます。勉強する時間が欲しいですね。 

ジーコはインターネットを駆使して学んでいるけど、君もイタリアで同じ事をしているの? 

しました。 休みの時間があれば繋がっていた。私の家族や友人と会話をしていました。イタリアではパソコンは私の一番の同伴者でしたから。

ジーコのサイトにアクセスしている皆さんに何かメッセージを送りますか? 

私のアイドルのサイトからインタビューを受けるなんて栄誉ある事です。ジーコはプロとして私人としてのモデルです。彼と会うたびに鳥肌が立ってしまう。彼は間違いなく永久にフラメンゴの10番です。みんなが彼と同じだったら・・・。

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