インタビュー

Os espioes da Copa (ワールドカップへのスカウティング)

[2006.4.28]

ジュニオールとチッタ 今回インタビューをしたジュニオールとチッタの二人には似たような話がある。どちらもフラメンゴで選手になり、一緒に幾つかのタイトルも取った。ジーコと一緒に。イタリアへ行っても同じペスカラのチームでも一緒にプレーした。そして現在は日本代表のスタッフとなって働いている・・・スカウテイングとして。つまりジーコのスパイである。ジュニオールは1994年にブラジルセレソンが4度目チャンピオンになった時の経験者、チッタは2000年のFIFA世界クラブ選手権で同じような役割をしている。その時はヴァスコのアントニオ・ロッペス監督のために働いた。彼らは先週末にヨーロッパでの偵察を終えて帰国したばかりである。それらを分析する仕事に追われている中でサイトのインタビューに時間を割いてくれた。 もちろん二人一緒である。

-ジーコが監督で更にエドウーやカンタレーリがいるスタッフに加わっての経験はどのように使われていますか?

ジュニオール「自分に取ってチッタはもちろんだけど、このようなメンバーと一緒にいられるなど大変光栄なことですよ。フラメンゴ時代からの友好関係の続きでこれほど近い所で仕事するなんてね。イタリアのペスカーラに連れて行く事にもなってしまったしね。」

チッタ「一緒に戦って来た仲間といられるのはいつもいい感じだね。今回もジュニオールと様子を見に行って来たけど、彼は見る能力が高いので僕にはとてもいい勉強になった。」

-気になることの一つにグループでこうした仕事をする時には多少意見の食い違いとかもあると思いますが、スカウテイングでのペアとしても意思の疎通は問題なし?

ジュニオール「全然いいね。もう昔から知り合った相手だから仕事の分担も楽だし、目的はジーコが必要とする情報を豊富に揃える事だからね。だからそれはないよ、勿論プロセスとしては生産的でなければいけない、喧嘩などしていられないからね」

チッタ「勿論・・二つの頭で考えれば一つの頭より気が付く事があると思うからね。試合の事等こうして凄く話しをする。最初アジアに見に行った時は僕が一人で行った。ジュニオールは別の試合を見ていた。こういう時は特に彼と意見の交換をし合ってお互いに応用出来る部分が有る事に気付く訳さ。」

-あなたたちはもうこのような役割には慣れているし、どういう風に動いているかも知っている。だけど知らない人には何やらスパイ映画の如きに考える人もいる。隠れて行動したり、普通の人のように振舞ったり、それは出来るとして、ヨーロッパ辺りで何か問題になったことはありますか?

ジュニオール「それは無いね。日本サッカー協会はとても良い根回しをしているので、我々が仕事し易くなっている。それより我々が訪問する各国の協会などが同じように考慮してくれるので楽です。特に私の場合、テレビでは多くの選手を見て知っているので、現場ではすぐ近くで見た事は重要な事だった。直接見る事によって最大限に利用出来たね。」

チッタ「そう、それにジュニオールが言うように我々は正門から堂々と入って行かれる様に段取りされているし、彼の場合ヨーロッパでは知られているから隠れてもしょうがないし問題も起きない。最近では何処のクラブや代表チームでも見られているのは承知でいる。我々は事前に許可を得てやっているようなもの」

-フラメンゴでも長く、イタリアにも行ったり、ピッチの外では友達同士・・・この二人は話題には事欠かないでしょう。ここで二人にお互いについての話をして貰いたい。

ジュニオール「チッタの話は素晴らしいものから悲劇的なことまであるね。彼は88/89年のシーズンにペスカーラでプレーして大活躍だった。我々の得点王だったがチームは調子良くリーグの5位にいた。88年の暮れになってクリスマスやら新年のパーテイーやらの季節になり、家には友人たちを招いた。そしたらチッタが現れない。ブランコも、カーザグランデもレナットにアジーリオがいた。そこで我らの監督はチッタがいないのを気にしながらも挨拶をし始めた。彼はパーテイの心配したのではなくチームが揃わないことを気にしていたのだ。チッタはその時おたふく風邪を獲得していたね。あの頃イタリアでは既に撲滅されていたのに彼は酷い目に会ってチームに合流しなかった」

チッタ「それで、僕はあのお陰でチームが降格してしまった、といいたいよ。たしかに僕はすごく調子良くてピークだったぐらい、点を取っていたし、絶対行けると思っていたけどあんなに長くサッカーが出来なくなってしまうとは思わなかったね。」

ジュニオール「未だに我々は彼が何処からおたふくを連れて来たのか発見出来ていない(笑)」

チッタ「全くだね。僕がジュニオールの話をするのは試合での事でね、やはりお互いにペスカーラに居る時だった。サンシーロでミランを相手にしていた。あの頃のミランはイタリアで大変な威力を持っていて、メンバーにはタソッチ、マルジーニ、リッカージらがいてチャンピオンになったからね。僕らは1-0で負けていた時、ジュニオールは猛然とダッシュしてミドルシュートをぶっ放した。ボールはキーパーに跳ね返りこぼれたところを僕が押し込んで引分けた。ジュニオールはむちゃくちゃ好プレーを連続して、我々は相手の苛立ちを誘惑したね、結果は6―1で勝ってしまった。だけど、それが最高では無かった、更衣室にいると外からドアを叩く音がして誰だと思ったらイタリアの首相になったシルビオ・ベルスコーニだった。彼は常に会長であったり、役員であったりでミランと繋がっていて、あの頃はイタリアで金持ちだった。彼は更衣室まで単にミランの人間でありながらジュニオールに祝辞を言うために来ただけだったのに、プレーに感慨してその場で腕時計を外しジュニオールにプレゼントした。凄い話だよ。」

ジュニオール「僕はあの時計をいまだに使っているよ」

-それは凄い話だね。ところで話は変わるけど、これからの二人のプランはどんなものかな、スカウテイング業務以外では何をしているのですか?

ジュニオール「僕は正直言ってジーコの補佐を今やっている意外は他の事は考えていない。ワールドカップが終ってから何をするかだね。まあ、ガーロ(ジーコのこと)と同じように自分もサッカーの経験とアイデアを為になるように公式サイトを考えている。www.sitedojunior.com.brを昨年の末に作った。僕のサッカー経歴やタイトルなどの情報が解るようになっているよ。みんなに入ってみてもらいたい。」

チッタ「僕もジュニオールと同じで、今はジーコのためのこの仕事に集中したい。W杯の後に自分の道を探りたい。やはりインターネットの世界に興味を持っていて、特に僕のプレーを見ていない若い世代に向けてのサイトを考えている。僕のアイデアとやはりサッカー人生を語ったものが中心です。www.titasoccer.comが僕の公式サイトアドレスです。」

-最後に基本的な質問を忘れたくない。お二人はヨーロッパで見てきて、どんな試合を見てジーコにはどう言う情報を提供できるのですか?

ジュニオール「それは君の挑発かい?(笑)僕らの話をその辺にばら撒くとはけしからんね、それこそとんでもないスパイだよ。そりゃ契約違反だから言えないよ。」

チッタ「でも僕らが見たことは全部話すことは出来るよ、W杯が終ってからね。ハハハ」

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