ジャパンコネクション

2006年のキーワード

[2006.1.30]

2006年の第一回目のコラムとなります。私にとっては、FIFAワールドカップ2006ドイツ大会、CFZ do Rioの10周年、そして三男チアーゴのフラメンゴ入団と言うこの三つの出 来事や個人的にも大変重要な一年でもあります。日本での仕事再開までの一週間の期間に私はこれらの関連性を熟考していました。そして、この思案を皆さんと今回のジャパン・コネクションでめぐらします。

特に私の職業上、この三つの出来事で現時点でもっとも重要なのはFIFAワールド杯2006ドイツ大会なのです。開幕すれば、自己5回目の大会であり、選手としては1978年、1982年、1986年、テクニカル・コーディネーターとして1998年、そして今回は監督としてであり、3つ目の任務となります。ワールド杯というサッカー界でも大きな大会を様々な異なる角度から見られることは刺激的だと言えるでしょう。新たなる「デザフィーオ(挑戦)」…、否、実際には2002年に端を発した「デザフィーオ(挑戦)」の続きなのです。

私は、来日した15年前には、障壁を乗り越え、あらゆる困難に打ち勝つ必要性があることは認識していました。しかし最たるは耕せば肥沃な土壌が存在することも判っていたのです。私は選手として、鹿島アントラーズを強豪へと変化させるべく使命に全力を尽くすことで、自ずと日本サッカー自体の進化を図るのだと実感していました。そして、Jリーグがサッカーのプロ化をもたらし、私自身も誇りを持ってこの過程に参加したのだと声高々に言えます。直接又は間接的に私は、マーケティング、創造的などの側面の重視、主体性と応援団の形成、スタジアムなど…、あらゆる局面で発展に携わったと言えるでしょう。

15年が経過した今、国内においてサッカーが別の観点から捉えられていることが実感出来ます。年末年始のオフを終えて、日本に再度足を踏み入れ、確認出来た事実は、1990年代初頭に勢いを増したかの過程が、2005年度のテレビ視聴率ベスト5に日本代表の4試合をランキングインするほどに、サッカーが多くの人々に受け入れられ親しまれるようになったと言うことです。正に前代未聞の出来事だと言えるでしょう。そして、全てが始まった1990年には、私はそこにおり、その後2002年には監督として更に精力的に貢献することとなって、現在では、その過程を見届けております。15年の年月を経て、直今も継続中なのです。

月日の経過と言えば、今年CFZ do Rioが満10年を迎えます。ブラジル初の企業クラブはジーコ・サッカーセンターのスクールでプレーをしていた少年達が活動を継続できる場を提供する必要性から生まれました。実際には、このプロジェクトは、私自身の姿勢をも導く、一見明白とも言える概念があり、ブラジルでサッカーが責任感と真剣さ、そして忠誠心を持って伝導されると言う願望が込められているのです。しかし残念ながらブラジルはそうではありません!勿論、リオ・デ・ジャネイロ州で設立されたプロチームを持つからには、リオ・デ・ジャネイロ・サッカー界のエリートであるファースト・ディビジョンへと上り詰めるのが目的でした。

私は、CFZ do Rio設立時の目標として10年でファースト・ディビジョンを目指すことを掲げました。しかしチームが経験して来た全ての状況を振り返ると、この要求は過酷だったかのように感じました。第一に、我々の概念は現行のブラジルサッカー界の政策に不快感を与えるからです。しっかりとした制度、一貫性、倫理、更なるは誠実さをも勝ち取るが為に、乱脈なる数人のクラブ首脳陣に挑みながら、私のみがリオ・デ・ジャネイロ州サッカー連盟の会長に反対の一票を投じる常に孤立した存在でした! それ故に、CFZ do Rioの反体制の手はグランド
内外に於いて常に重圧を感じました。この10年間私はこれらの苦悩を防ぐために近くにいることが出来ませんでした。

私自身の頻繁なるリオ・デ・ジャネイロからの不在がチーム自体の発展にも障害を及ぼしたとも言えます。一般的な例えを挙げるならば、「居酒屋の店主は常にカウンターにいなければ店は機能しない」と言うことです。更には、「牧場主の目が牛を肥やす」の例の如くなのです。この長き期間に亘りクラブを今日まで導いてくれたプロの皆さんには敬意を払いますが、私のサッカー界での経験が、クラブが軌道から外れることを防止出来たのではないかと確信しております。しかし我々は依然として力強く存在しており、今後も突き進むのみなのです。

待って成り行きを見守りながら、大いなる献身と常なる向上心が、CFZ do Rioにとって有効な手掛かりだと言えるでしょう。そして、今は自己のスペースを求めて、フラメンゴでプレーをしている私の三男チアーゴにとっても絶好の助言なのです。その様な理由からも今年は特別な一年だと言えます。サッカーでの私の大いなる情熱でもあり、最大に幸福な日々を過ごしたクラブで、私の息子がプレーをする姿を垣間見ることが出来ました。彼は、選択した職業が決して楽ではなく、行く手には幾つもの壁が立ちはだかっていることを認識しています。しかし根本的なのは自己信頼を保つことであり、十分に献身すればチャンスは自ずと訪れ、その為には準備万端でなくてはいけません。チアーゴには、今後も歩み続けながら、多くの成功を願っております。

ここで皆さんは、私がまだ述べていないこれら三つの出来事の関連性は何なのかを問われるでしょう。じっくりと考慮すれば、日本は長期に亘って取り組めば成果をもたらし、今年度は更に実り多き年になる兆しがあります。続いて、依然として結果を求め続ける長年の献身に関して話しました。更には、目的を達成するためには焦らずに専念しなければいけないのだとも述べました。この3つの事例で共通しているキーワードは「根気」なのです。幾多の決定が成されるであろう今年度は、正しい判断を下し、成果をもたらして、目標を達成するためには、この「根気」が根本的な要素となるのではないでしょうか。

…ということです。

そして、今回はあくまでも今年のファーストコラムです!
それでは皆さん、来週またお会いしましょう!

ウン・グランデ・アブラーソ!

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