ジャパンコネクション

誇れる8年

[2005.8.23]

2006FIFAワールドカップドイツアジア地区最終予選を、日本は対イラン戦で貴重な勝利で終えて、私はブラジルへと一時帰国をしました。リオ・デ・ジャネイロへの今回の帰国は休養の為ではありません。構想段階から誇りに感じていた大会である、日伯友好カップのオブザーバーとしての立場で帰国しました。現在では、この大会も既に8歳の「少年」へと育ち、リオ・デ・ジャネイロ州で開催されているU-15のカテゴリー部門の国際大会としては最も重要視されております。そして、今週のジャパン・コネクションはこのテーマに関して取り上げます。

2003年の本サイト立ち上げ時からアクセスしている読者の皆さんは、CFZ do Rioのチームがその年に日伯友好カップを制覇し、この大会の軌跡を語ったことを思い出して頂けるかと思います。8月にジーコ・サッカーセンターの指導者にサッカークリニックを受ける為に訪れる日本のチームを充実させようと日伯友好カップが考案されたのです。更に内心的には、私の人生に強い関係を持つ2つの国である「ブラジルと日本」の文化の交流を図る気持ちもありました。

テクニック面から捉えると、日本のチームにとっては有益だと常に確信を持っておりました。そして、私の読みは正しかったのです。私が所属した鹿島アントラーズの下部組織は日伯友好カップに参戦し、素晴らしい展開を繰り広げた後に、日本でU-15の大会で初優勝に輝きました。国際交流が成果をもたらすことに、今まで疑いを抱いたことはありません。

一方で、仮に日本のチームがテクニック面で劣っているのであれば、ブラジルのチームはいったい何を教わることがあるのかを、多くの人達に問われます。数多くの利点を列挙することが出来ますが、主に州間の交流を際立たせること。ブラジルの少年達の体験とは相違するサッカー、異なる文化を持つ少年達と対戦する経験が挙げられるのです。この側面からも既に成果が出ていることを満足して言えます。1998年以降で日伯友好カップを闘った選手達が、フラメンゴ、ヴァスコ・ダ・ガマ、コリンチャンスやボタフォゴなどのビッグクラブに散らばっているのです。

そして、日本に関して言うならば、例えば、2003年にU-15日本代表として訪れたメンバーは、徐々にU-19日本代表にも選出されつつあります。既に、Jリーグでプレーしている数人の姿を見かける機会にも遭遇しました。

本サイトはまたしても、日伯友好カップを身近で見守る任務を負っているのです。試合結果や順位表、過去の大会記録や情報などの特集が掲載されております。更に、他の情報やデーターを知りたい方は、私が不在時にCFZ do Rioの会長とジーコ・サッカーセンターの経営責任者を務めるアントニオ・シモーエス氏が、CFZ do Rioのページでこのテーマを充実したコラムを書いています。

全チームに幸運を願い、より優れたチームが勝者となり、全員にとって経験から最大限に利を得られることを期待しております。そして、ジーコ・サッカーセンターとCFZ do Rioのトレーニングセンターへ足を運んで試合を観戦するために、全ての皆さんをご招待致します!

・・・と、いうことです!

それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!

また来週お会いしましょう!

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