ジャパンコネクション

真の勝者

[2004.12.21]

今年度の最終コラムを来週に控えて、取り上げる話題は CFZ do Rio のリオ・デ・ジャネイロ州 3 部優勝以外にありません。決勝戦(この第 2 試合目のインデペンデンテ戦の結果は 0 対 0 のドロー。但し、ホームのアントゥーネス・スタジアムで行われた決勝 1 試合目では 2 対 0 で勝利を収めている。)の時間までには到着出来ませんでしたが、随時携帯電話で試合経過の詳細を会場となったマカエー(リオ・デ・ジャネイロ市から約 180km 北東部に位置するリオ・デ・ジャネイロ州の町)と連絡取り合っていたのです。大会開催中には、主に CFZ do Rio の情報はサイトを通じて得ていたのですが、選手達と直接話す機会がある時には、目的意識をしっかり持った団結した勇敢なチームだと感じ取ることが出来ました。降格後の立場的に微妙な大会であり、即昇格をしなければ、クラブ自体のモチベーション低下に繋がる恐れがあったのです。その様な状況になることなく、最終的には優勝することが出来たのです。

チームを見る度に、戦闘体制は整っており集中力を欠かさなければ去年降格すべきではなかった 2 部へ復帰する可能性が伺えたのです。 8 年間のクラブの歴史において、ブラジルサッカー界屈指の伝統クラブにも引けを取らない組織の維持は極めて困難だったと言えます。但し、私の言う困難とは、私自身を害するために CFZ do Rio の行く手を阻む、ピッチ外での長年に至る権力の濫用のことなのです。偶然か否かは判りませんが、幾つかの内情が変わったことで、妨害が困難となり、我々は再び勝利の道を進み始めたのです。

過去に我々は手助けを求めた事実などありません。今回は、妨害行為はありませんでした。ピッチ上で勝利を手にしたのです。私自身が監督としての能力を高く評価している、ウイルソン・ゲッヘイロ氏率いるスタッフ陣とチーム一同の功績なのです。 3 部リーグ 2 度目の歴史的優勝を果たした全ての関係者一人一人に祝福の言葉を送ります。

でも、私の最終目的はまだ達成されておりません。 1996 年に CFZ do Rio を設立以来、私の夢はチームをリオ・デ・ジャネイロ州サッカーのエリート勢に仲間入りさせることなのです。今後もこの夢を実現化させるべく闘い続けます。 2005 年には、 1 部への登竜門となる 2 部優勝を目標に更に強力なチームを編成して臨みます。我々がタイトルを念頭において挑む姿勢に対して疑いの余地はないでしょう!

何故ならチーム設立時に私が課した 1 部昇格への期限が 10 年なのです。だからこそ、来年の我々の闘争心への動機付けにもなるのです。 10 周年を盛大に祝わなければなりません!選手達、テクニカル・スタッフ、フロント陣営、そして全ての関係者の皆さん、心からおめでとうございます。今回のタイトルを可能とすべく、献身した全ての皆さんは、祝福のときなのです。そして、 2005 年よ、来たれ!

そしてブラジル全国選手権優勝チームであるサントスについても語らずにはおれません。またしてもヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ(ブラジル全国選手権第 6 節目からサントスの監督に就任)監督は、計画性と献身は優勝の法則であり、それが勝者チームを築き上げる事を証明してくれました。多くのクラブ首脳陣が未だに理解していない、至って簡単な方程式なのです。ブラジル全国選手権の最中にサントスはジーコ・サッカーセンターのグランドにも練習で足を踏み入れており、個人的にも喜ばしく感じております。ボタフォゴのセリエ B (去年はボタフォゴとパルメイラスはブラジル全国選手権セリエ B を闘い、今年度両チーム共にセリエ A への復帰を果たしている。)でのトレーニングキャンプや、フラメンゴのリオ・デ・ジャネイロ州大会を目指しての事前合宿同様に、サントスはここで練習に励み、我々のプラスエネルギーを吸収したのです。素晴らしいことです! 特に 5 回優勝を成し遂げたルシェンブルゴ氏に敬意を表すると同時に、選手達へ祝辞を送ります。

…ということです!

そして、今年の最終回となる来週の本コラムでは、恒例の日本代表総括を行います。それでは、皆さんまた来週!

ウン・グランデ・アブラーソ!

ジーコ直筆サイン

>一覧へもどる