ジャパンコネクション

団結 F.C.

[2004.12.7]

先週、日本国内に於いて前代未聞とでも言うべき活動に参加する機会が私に訪れました。地震・火山噴火・台風などのあらゆる大災害に見舞われる可能性を秘めた日本という国が、「団結」をテーマに立ち上がったのです。私も含め、我々日本代表のスタッフ及び代表ユニフォームに最も多く袖を通した選手達を中心にチームを編成したのです。今週のジャパン・コネクションのテーマは、新潟で開催された試合の前日からの新たなる体験について取り上げます。

私は以前から、日本代表として最も日の丸を背負った貢献者達へ敬意を捧げたいという気持ちがありました。そして新潟県と日本サッカー協会を通じて、新潟県中越地方を襲った大震災からの復興と、家族も含めて多くを失った被災者達への救援金を募るチャリティーマッチを開催する機会が訪れたのです。ご存知のとおりこの地震では多数の死者と被害者が出ました。

ブラジルでは、サッカーを通じてこの様なチャリティー行為は極普通なのですが、こちら日本ではまだそれ程浸透しておりません。でも日本の優れた経済力はブラジルと比にならず、緊急事態においてその差が歴然となるのです。私の体験としては、ブラジルでの洪水による被災者達へのチャリティーゲームや、経済危機に陥った元選手達の家族への救済などが思い浮かびます。更には 20 年間に亘り、全収益は身体障害者を支援する団体への寄付を目的とした、 Sadef ( 身体障害者友の会 )の伝統的なチャリティーマッチにも参加しました。そして、この様な催しで 2 試合をペレと共にプレーをする機会に巡り合い、その内 1 試合ではキング(ペレ)がフラメンゴのユニフォームを身に着けてプレーをしました。

話を戻しますが、日本国民はこの種の活動に対して慣れておりません。私自身も予測がつきませんでした。我々は 3 グループに分かれて被災者達の避難地を訪問したのです。そこでは選手達及び被災者達にとってどんなに新しい体験であるかが伺えました。興味深いのは、新潟という所は現在ではサッカーの雰囲気が漂う町なのですが、主な被災地はその周囲であり典型的なサッカーファンではなかったことです。彼らを観察していると多くの年配者達のスポーツとの繋がりは野球だと感じ取ることが出来ました。でも、我々を歓迎する表情をみて、サッカーが彼達の心にも根付いたことが嬉しく感じられたのです。

我々の激励の言葉や、贈り物、サッカースタジアムでも観客が使っている「 使い捨てカイロ 」を快く受け取る彼らの姿を見ることが出来たのです。それは多くを、または全てを失った人達が浮かべた笑みなのです。この喜びの表情に値する対価など存在し得ません。選手・元選手・医者・自衛隊 …、我々全員が完全にボランティアとしての参加でした。そして、その報いは彼らが発する喜びの反応なのです。これ以上に何が我々に必要でしょうか?

選手達にとっては、年間を通じて国民に愛情をもって偶像視される立場に対して恩返しをする機会となったのです。更に別の意義も含まれておりました。彼らの多くは明白に日本 A 代表選出への意気込みで取り組んで来ました。もしも土曜日にアルビレックス新潟と 0 対 0 で引き分けたこのチームが、その前に行われたシンガポール戦に臨んでいたとしても好結果を残していたことだと、私には疑う余地すらありません。

実際に新潟で開催された試合は、団結心の結集を表現するビッグイベントであり最高だったと言えます。そして、私にとっては信じられないような経験でした。日本では何事も事前に計画性を持って企画が進行されます。今回の新潟での試合のように一ヶ月以内に企画が成立することなどほぼ不可能に近いのです。でも、全てが順調に運び万事上手くいったのです。 4 万 1 千人以上もの観客がスタジアムに足を運び、2億円を超える収入を得ることが出来ました。マスコミは終始協力を惜しまず可能な限りの人々がこの活動の成功に貢献したのです。全てが国民または同胞への善意であり、この行為は我々を深く感動させてくれました。

私は、この崇高な行動が他のスポーツへ対しての扉を開き、日本に於いての人道的行為に同様な展開がされることを期待します。勿論新たな災難が日本を襲うことなど誰しも望んではおらず、二度とこの様な活動が必要でないことを願っております。でも今回はサッカーが如何に貢献出来るか真の力が証明されたことでしょう。正しくこの「団結 F.C. 」にとっては、どんな試合であろうとも、向うところ敵なしなのです。

…ということなのです。

それでは、皆さんまた来週お会いしましょう!

ウン・グランデ・アブラーソ!

ジーコ直筆サイン

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