ジャパンコネクション

困難を乗り越えての頂点

[2004.08.10]

土曜日にアジアカップ優勝トロフィーを高々と掲げた後に優しく口づけをした瞬間は私にとっては特別な感触でした。私が日本代表監督に就任してから取り組み続けている任務において、今大会直前での選手達の怪我による戦力ダウン、大会を通じて敵意旺盛な国の中において、最終的に決勝戦を制したことは私の人生において最も重要な制覇の一つを意味します。

監督としてのキャリアを構築することなど私の人生設計においては一切存在していませんでした。そして、日本代表監督として35試合を終えた今でもその考えに変化はありません。この様な事実からもアジアカップでのタイトルが監督としての私の心を揺さぶる訳ではないのです。以下に、私が何故これ程までの喜びに浸っているかの理由を説明したいと思います。

多くの皆さんに知られていないかと思いますが、私は日本代表監督に就任以前に、短期間ではありますが鹿島アントラーズとCFZ do Rioの指揮を採った経験があるのです。その時点で私は監督業の継続に対して強い意欲が感じられませんでした。でも、人生の悪戯か2002年W杯終了後に日本という一国の代表監督へのオファーが届いたのです。

私が日本の地に足を踏み入れたその日から、常に温かくも優しく慈しみを持って受け入れてくれた国民への恩返しをする為にもこの要請を断る訳にはいきませんでした。スタンドに僅か50人程度の観客が1万人へと増える過程や、インフラストラクチャーも含めた新たな組織構築など、日本サッカーがプロへと生まれ変わる瞬間からW杯開催までの道程を全て見届けて来たのです。この様な理由から、私は日本人の最も長けている才能を最大限に引き出す事を信念に置き、監督として新たな挑戦を受ける決意を下しました。

任務は険しく、厳しい日々は続いており、決して使命を終えた訳ではない事を強調しなければいけません。今後も大きく進化していく必要性があり、最終目的はあくまでも2006年W杯出場権なのです。その為には、遙か長いW杯予選の道のりが待ち受けています。でも、アジアカップは我々が全うすべき職務に対して一つの大きな通過点としての意味をもたらしました。我々はチェコ共和国戦での勝利や劣勢なスコアを逆転する反撃力によりタブーと言われていた話題に終止符を打ちつつあります。私が本コラムで以前から述べていたことが結果として実現化しつつあることを、今回のアジア大陸においての3度目の制覇によってグループが成熟したことで証明をしてくれました。これは大変重要な事実なのです!

中国入りはレギュラーメンバー5人を含め、計8選手がいない状態でした。そして、重慶到着時から全てにおいて厳しい環境に遭遇したのです。この地域は日中間での歴史的軋轢による遺恨があり、その政治的問題がスタンド内へと移行されました。ブーイングの中で試合をこなし、対戦相手にも関わらず我々は常にアウェイでのゲーム状態だったのです。中国とは僅か一試合のみではなく実際には6試合を闘ったのです! でも、その全ての困難を乗り越えるための冷静さを保つことができました!

初戦はお互い精通しあっており、2006年W杯予選のライバルでもあるオマーンとの難しい対戦となりました。タイ戦も同様に、圧勝的スコアにも関わらず、飛び交う野次のこだまには憎しみと怒りが漂っていました。我々はこの困難を勝利への刺激へと変化させることが出来たのです。そして、怪我人に代わって入った選手達は魂を込めて力を発揮してくれました。特殊な局面で傑出した選手もいますが、全大会を通じて総合力が際立ちました。あのチームには11人の戦士のみではなく、更にはそこに居合わせた22名の選手達以上に、一国家の全エネルギーが注ぎ込まれていたのだと言っても決して過言ではないでしょう。ピッチ内外において一丸となった強固な軍団なのです。選手達、コーチ陣、ドクター、そしてサポート陣営も含めた全員が勝利という絆で繋がっていたのです。

正にヨルダンとのPK戦前に組んだ円陣が団結の絆を象徴しております。全パワーの結集がPK戦での窮地の瞬間を打開させる起爆剤になったのです。でも、錯覚を起こしてはいけません。本サイトを通じて我々の活動を見届けている皆さんは、第1ラウンドから如何に献身的に、特にPKも含めて、練習に取り組んで来たかをご存じだと思います。それにも関わらず、ただ幸運の二文字だけを口にする人がいるのです! きっと彼らは、我々がどんなに練習に専念していたかを知らないのでしょう…。

バーレーン戦でもサポーターによるプレッシャーと試合自体に対する苦痛は続きました。敗北時にのみ姿を現す数少ない反対派を落胆させるかのごとく試合終了を告げる勝利の笛がなったのです。しかし我々は更に前進する必要性がありました。そして済南から北京へと移動したのです。

中国との決勝戦に際しては、先ずスタジアムでの練習に対する障壁なども含め、戦場の雰囲気が漂いました。但し、我々は常にスポーツマンシップにのっとり正々堂々と誠実な戦いを望み、決勝もこの精神でハイレベルなフェアプレーを展開して闘い勝利を収めました。何故なら、サッカーは戦争の場では決してないからです。そして、最後に我々は祝杯を挙げました! 大変興味深いのは、このような問題もあり、日本国内において記録的TV視聴率があったと知らされたことです。サッカーを普段視聴しない人までもがサポーターと化したのです。繰り返しますが、戦場の雰囲気が漂う中で我々は正々堂々とサッカーをして勝利を得たのです。

日本到着後に、国民の喜びと選手達の自信の眼差し、そして日本サッカー協会への道程で優勝カップが目に映ることで、私の使命感に更に刺激を与えてくれました。上記にも述べたように、私は監督業を自ら選んだ訳ではなく、執着心はありません。でも、地域住民の慈しみや感謝の意、そして勝利に対する反響などは特別なものがあります。現時点では、溢れる喜びを自分自身に収めきれず、言葉を通じて皆さんと分かち合う必要性があるのです!

私は、日本代表が今後更なる飛躍を遂げる確信を胸中に持ちながらこのプロセスに参加できる自分を誇りに感じております。我々は勝利の階段をステップアップして、あの中国での時を永遠に私の記憶に残すことでしょう。

…ということで、ウン・グランデ・アブラーソ!
それでは皆さんまた来週!

ジーコ直筆サイン

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