ジャパンコネクション

ゴールキーパー達へ

[2004.05.25]

先週の土曜日、私はサンフレッチェ広島が柏レイソルを3対0で下した試合を観て、過去にタイムスリップをしました。先制点は、柏のゴールキーパー南選手がボールをキャッチしたのですが、味方に投げる時にひょんなことから自ゴールに直接投げ込んでしまうという異例なプレーにより生まれました。大変珍しいシーンであり、私自身は似たようなシーンを1969年に1対1で終了したヴァスコ・ダ・ガマとバングーの対戦を観戦中に一度だけ目撃をする機会がありました。でも、当時はテレビが記録していなかったこともあり、スタジアムでの限られた観客以外は目撃することが出来なかったのです。その試合で主役を演じたのは、ペナルティエリアの左側でボールを投げようとしたゴールキーパーのヴァルヂールでした。

南選手の不運な試合後に、この様なシーンに出会した経験がなかった、CFZ do Rioの下部組織からの生え抜きであるサンフレッチェ広島のリカルド選手と話しました。私自身も長い現役時代にピッチ上でこの様な奇妙な場面に直面出来た機会はありません。例え草サッカーでも記憶にないのです!

でも実際には、このシーンも含めて世界中で起こったゴールキーパーの不運なプレーが記憶に蘇りました。フラメンゴでのチームメイトで偉大なゴールキーパーだった、現日本代表ゴールキーパーコーチのカンタレーリと、如何にゴールキーパーが不毛な職業かについて話し合ったのです。そして、今週のジャパン・コネクションでは、多方面から事態を分析し、ゲーム中に唯一ボールを手で触れる事が出来る選手達を称賛したいと思いました。

先週、パルメイラスのサポーターはブラジル代表のゴールキーパーでもあるマルコスを、サント・アンドレー戦でイージーなミスをしたとの理由で槍玉に挙げました。私は試合を観戦し、敵のフォワード陣を常に自由にさせ抑え切れない守備陣では、彼の様な世界チャンピオンであろうとも非常に困難なのだと冷静に発言する事が出来ます。ゴールエリア内でのボールは常にゴールキーパーのものだという事は単なる伝説に過ぎません。実際には敵がしっかりとマークされた状態で効力を発するのです。逆にこれが成されていなければ、セーブするのはほぼ奇跡に近いとも言えます。そして、既にマルコスはパルメイラスで幾多の驚異を披露してくれたことでしょうか!

中には90分間の試合で全てにおいて素晴らしいスーパーセーブを連発しながらも、僅かに一度のミスを犯すことで、非難にさらされたゴールキーパーを他にも例に挙げることが出来ます。真実は実際には不公平なのです。ゴールマウスの守護神は「最後の砦」と見られます。そして、誰しも失敗は犯します。フォワードはゴールを外し、ミッドフィルダーはパスを間違え、ディフェンダーは敵のスピードに翻弄されても、ゴールキーパーが抜かれたら一環の終わりなのです。ボールがネットに突き刺さります!ゴールキーパーは両手が使用可能でありながらも、敵の目標に最も近い存在でもあります。危険ゾーンなのです。そして、結局は簡単なゲームで余り要求もされずに単純なセービングで無難にゴールを守りきれれば良いゴールキーパーとみなされ、その反面、スーパーセーブを連発しても、唯一度のミスで戦場の悪者となってしまうのです。

レイソルのゴールキーパーの犯したミスとは内容は異なりますが、昨年、ゴールキーパーを巻き込んでの大変興味深いプレーを二つ思い出しました。似通った状況で、ゴールキーパーが再開のキックを放つも、ボールは味方ディフェンダーに当たり跳ね返ってオウンゴールを誘ったのです。フラメンゴのジューリオ・セーザルとインテルナショナルのクレーメル ゴールキーパーによるハプニングでした。この様な偶発的な事件は避けられません。そして、両選手共に偉大なゴールキーパーなのです!

その反面、現在ではブラジルのホジェーリオ・セニの様に自らゴールを決める事でミスを帳消しにするチャンスを持てるゴールキーパーも存在します。でも彼は例外であり、何故なら多くのキーパーが同様な機会を得ることなどあり得ません。極希なケースであり、パラグアイの論争的なホセー・ルイス・チラベルトを思い出します。彼はフリー及びペナルティーキックのキッカーもこなす、ストライカー・ゴールキーパーなのです。

ゴールマウスを守護するという最大の目的に執着するゴールキーパーにとっては、ミスを避ける為の基本的な秘訣があり、それは正に、精神面が肝心であり最大限に集中力を保つこと、そしてフリーキックでは絶対にゴールキーパーサイドでの失点は避け、更にはキッカーのフリーキック及びペナルティーキックなどでのシュートの特性・癖に注意を払うことです。常に敵を研究するのは当然の義務でもあります。

私は常に偉大なるゴールキーパーと対戦することで、敵に打ち勝つ為には状況に自己を順応させる必要性があったのです。でも、実際には良き友であるゴールキーパーに恵まれたからでもあります。ラウル・プラスマンはその一人であり、今でも彼は私に対して、ゴールキーパーを憎んでいたのだとからかうのです。それは事実ではない、何故なら、私はいつも軽くボールにタッチするかのようにゴールネットに押し込んでいたのだと思い出させながら反論します。実際に憎んでいれば思いっきり弾丸シュートを常に放っていたことでしょう。

冗談はさておき、私がフリーキックで巧みにゴールを決める能力は、フラメンゴで一緒にプレーをしたゴールキーパー達の一途な忍耐力によるところが大なのです。私がフリーキックの練習に専念すると同時に彼らは反射神経を磨いていました。スクール時代ではカゾッチでした。その後は、CFZでもゴールキーパーコーチとして働き、現在はサウジ・アラビアで仕事をしているルイス・アルベルトです。ジュベニールのカテゴリーではジウとカンタレーリだったのです。カンタレーリは私と一緒にプロへと昇格しました。そして、ジウはキンチーノ地区のジュヴェントゥーデ・フットサルチームのゴールキーパーでもありました!私のサッカー人生において選手としての定着時に彼らが強い印象を与えてくれたのです。プロになり、ラウル、へナット、ニエオセンと出会いました。フラメンゴでサッカーを共にした仲間達を例に挙げましたが、私のサッカー人生において出会った全てのゴールキーパー達に称賛を送ります。フラメンゴ、代表、ウディネーゼ、鹿島…、数知れないゴールキーパー達へ。

例えば現在でもカンタレーリは親友であり、仕事でのパートナーでもあります。ゴールキーパーコーチという特殊な指導者が存在しなかった時代から、今日へと至るのです。その頃のゴールキーパーの練習はシュートでした。1983年に、私がウディネーゼへ移籍した当時も、ゴールキーパーコーチを有するチームは僅かだったのです。日本では、来日した1991年には殆ど存在すらしませんでした。ブラジル人及び諸外国人が日本に、このポジションに対する新しい指導概念を根差したのです。導入により、ゴールキーパー達は練習内容も豊富になり敏捷性も発達しました。外国人コーチの影響のみではなく、日本人コーチの良い指導もあり、進化を果たし顕著なレベルへ達した日本のゴールキーパー陣に注意を払い、私の気持ちを託します。

私とブラジル代表のゴールキーパー達とは興味深い関係で印象づけられます。必ずといっていい程、彼らが私のルームメイトでした。1978年にはレオン、1982年はカルロス、そしてW杯予選ではジョアン・レイテとニエオセンだったのです。だからこそ、思い起こせば偶然にも、どんなに偉大なるゴールキーパー達と共に仕事をしたのかに気付くのです。もしかしたら、運命のいたずらなのでしょうか。この事実により、ゴールキーパーが直面するあらゆるシチュエーションが理解できることが、私にこのコラムを書くに至らせた要因なのかも知れません。

私は、皆さんがゴールキーパーのミスに対してもっと寛大になれるように説得することが出来なかったかもしれません。何故なら、誰しも敗北を喫することは好まないからです。そして、責任当事者を選ぶのは人間なのです。でも、紛れもなく今後は皆さんもしっかりと注視されることだと確信しております。ゴールキーパーもミスは犯すのです。南選手もミスを犯し、そして今後も多くが失敗をするでしょう。但し、サッカーは個々がチームとなって戦う団体競技なのです。従って、「一人」の責任者は存在せず、全員が失敗を犯し、そして全員が成功を成す一つの軍団です。このことを皆さんも是非熟考して下さい。

…ということで、また来週!

それでは、ウン・グランデ・アブラーソ!

ジーコ直筆サイン

>一覧へもどる