ジャパンコネクション

偉大なる勝利 困難を乗り越えて

[2003.11.25]

去年の11月、ボタフォゴは新たなる改革への可能性を目の当たりしたのです。ブラジル全国選手権の2ndディビジョンへ降格し、借金地獄で前途多難の最中、クラブは元バレーボール監督のベベット・デ・フレイタス氏に将来を託し会長に迎え入れたのです。彼は、ミナスジェライス州のアトレチコで経営陣としてサッカーに携わった経験を引っ提げ、改革の2文字を掲げ会長に就任したのです。後に彼に会った時に直ちに構想はただのうたい文句で無いことを感じ取る事が出来ました。これから「エストレーラ・ソリターリア」称するボタフォゴで必ず何らかの変革が行われると云う確信が持てました。実際に予感は間違っていなかったのです。

まず初めに、ベベットはレビール・クルピ監督を筆頭にテクニカルスタッフを定めたのです。その直後スーパーバイザーであるカルロス・アルベルト・ランセッタが私とコンタクトを取って来たのです。ランセッタは古き友人であり、過去ガーヴェア(フラメンゴ)で一緒に仕事をした元フィジカルコーチなのです。ボタフォゴは州大会に向けチームが練習するグランドを必要としていたのです。私は直ちに快く可能な限り協力をする事を伝え、ヘクレイオ・ドス・バンデイランテス所在のジーコ・サッカーセンターのグランドを提供しました。その時点で、彼らの計画性に対してのこだわりが興味を引いたのです。グランドの使用期間などが大変明確で、我々も安心して時間の振り分けなどが出来、日常でのボタフォゴの存在を難無く受け入れる事が出来たのです。

とっさにレビール・クルピ監督は州大会の為にチーム作りをしているのではない事が察知できました。目標はボタフォゴを1stディビジョンへ導く事だと監督本人が私に明らかにしたのです。カンペオナート・カリオッカ(州大会)はセリエBを戦うに際してのいわゆる実験室だと云う事を明かしたのです。その時点で、CFZ do RioからMFのカマッショとFWのファビオの2選手がボタフォゴのメンバーに加わっていたのです。彼ら二人には現状では更なる経験を得、実力をアピール出来るハイレベルな大会に出場する機会を与える場を提供出来ない為、ボタフォゴへレンタルしていたのです。レビール・クルピ監督は彼ら二人に付いて意見を求める謙虚さがあったのです。カマッショはテクニックのある選手で、俊敏さにも優れており、自由自在に正確なボールを供給出来、素晴らしいFKのキッカーでもあるのです。そして、ファビオは真のストライカーであり、去年の州大会ではボルタ・ヘドンダに所属し得点王に輝いているのです。二人とも戦力としてチームに貢献できる選手なのです。ボタフォゴが「足場を固めて」しっかりとし方針を立てながら進める姿勢に私は信頼感が持てました。

事実、カマッショがセリエBでは頭脳的役割を果たしたのです。中盤でのゲームメーカーとして、精度の高いキッカーとしても活躍し、決定的な試合の対マリーリア戦ではPKを2点確実に決めているのです。ファビオに関しては、チームには貢献出来たのですが、不運にも怪我をし、大会最後まで参戦出来なかったのです。怪我さえしなければきっと大会終盤カマッショ同様に才能を発揮出来ていたのではないでしょうか。

また経営陣達がいかにファンを呼び戻す為の運動を心がけたも伺えます。そして、スタジアムのリフォームも行い、経営難という厳しい現実を乗り越える為のスポンサーも募る事が出来たのです。クラブ自体のこの躍進振りを象徴するのが、39歳の年齢にも関わらず素晴らしいフィジカル・コンディションの持ち主であるヴァルド選手なのです。彼とは、1986年のW杯でブラジル代表のルームメイトとして生活を共にする機会がありました。彼は、洗練された技術の持ち主のみでなく、常にお手本となる姿勢を保っていたのです。模範的存在であり、彼にとってはまるでいつまでも時は流れないようにも見えます。セリエBのようにハードな大会にも関わらず、ヴァルド選手は常にリズムを保ち、ピッチ内では真のリーダーであり、レビール・クルピ監督のチーム構想に於いての大黒柱だったのです。更には、選手達に対してのクラブ会長の代表者的存在でもあったのです。クラブのシンボルなのです。彼の役割は決定的であり、特に終盤では、腕を怪我していながらも闘志みなぎる気迫ある姿勢を貫いたのです。ヴァルドは時間が許す限り、ファビオとカマッショに自分との連携へのアドバイスを惜しみなく行い、CFZ do Rioの有能な二人へのサポートを呼びかけてくれたのです。そして、彼の期待に応えたのです。

このような事実から、心は「赤と黒(フラメンゴ)」に鼓動していながらも、ボタフォゴが1stディビジョンへの復帰を果たした事を誇りに思うのです。パルメイラス同様、計画性に則って勝ち得た真正なる結果なのです。そして、ジーコ・サッカーセンターでボタフォゴが練習を行い、CFZ do Rioから二人の選手をレンタルした事によりこの勝利に貢献できたのは光栄な事なのです。この道程に関われて喜ばしく感じます。

ブラジルでのボタフォゴ以外に、先週、日本でもCFZの選手であるリカルドの貢献もありサンフレッチェ広島が1stディビジョンへ復帰を果たしました。ヘクレイオ・ドス・バンデイランテス所在のジーコ・サッカーセンターで育った数多くの選手達がブラジル全土へと巣立ち、これからも同様に育って行くことでしょう。

最近の出来事を振り返り、CFZは選手を商品扱いしスーパーの棚に並べて販売する様なクラブでないかが伺えます。私の長いキャリアに於いて常に真剣さを重視し続けたように、我々は「選手を育成」する以前に「人を育てる」事に比重を置いているのです。仮に、サッカー界での諸問題が我々の主要大会への出場権を妨げるのであっても、決して選手達へのチャンスを制限する事はしないのです。先程挙げた選手達がその証なのです。サッカー界の不規律を永続させる為に障害を与え行方を妨げられようとも、これからも我々は自分達の道を歩み続けるのです。どんなに困難であろうとも我々はその壁を乗り越え真のゴールを決め続けるのです。
それでは皆さん、また来週お会いしましょう!

ジーコ直筆サイン

>一覧へもどる