ジーコの部屋

Dois coelhos com um Akita 二兎を追うものは秋田で・・・・

鹿島アントラーズで一人の選手をシンボルとするならDFの秋田豊を挙げたい。私とは93年から一緒にプレーした。彼がチームに来た時の事は良く覚えている。秋田はデフェンダーでも正にあのごっついデフェンダーであった。試合でも練習でも始まりから終わりまで強かった。彼は当時我々のリザーブであったが、紅白ゲームでは我々レギュラーチームのFWの中、誰かを必ず医務室に送り込んでいたのだ。別にわざとしていたわけではないが、厳しいプレーは医務室を満員御礼にさせていた!! 

あの頃私はMFでプレイをしながらも監督役としての仕事もしていた。そしてチームで一度イタリアへ遠征に行った事がある。その一日目、雨が降ってピッチがグジャグジャになっていた。それでも休むのは勿体無いから選手達を集め、戦術的な練習を泥んこのピッチでもやる事を決めた。そして秋田に注目していた。

私はリザーブチームの攻撃陣に加わり、主力チームのデフェンスをテストしてみた。これだと私は秋田に十分守られていた。人生の偶然か、あの日私達のチームのサイドバックが上手く機能していなかった為にいい練習が出来ない状態でいた。私は弱った。ふと思いつき秋田をサイドバックに入れてみた。当時には無かったフォーメーションで今は3番目のデフェンダーという位置だった。

我々のごついデフェンダーは大変な肺活量を持ち、チームに落ち着くまでになった。それ以上に得点もした。初の練習で相当な力を発揮して私を驚かせた。ホテルに帰ってから同じチームメイトのサントスにその事を話した。彼は私と中盤でプレーしていたが、あの日の練習には加わっていなかった。

「サイドバックの問題を解消したよ。秋田だ。」

サントスはそれを聞いて、にんまりとしていた。意味を良く理解していたようだ。その後もいつも秋田とは良い関係だったが、何年か後になってから話した時、彼は近寄って来てあの時のことを知ろうとしていた。

「ジーコ、今まで何であの時僕のポジションを中央から外してサイドに入れたのか解からなかったけど、もう教えてくれてもいいじゃないですか?」

そういえば随分時間が経っていた。それにあの話はなにも秘密にして置くほどでもないし、鹿島でも友人にもなったわけだから話した。

「秋田。君をあのポジションに変えた時、一度に二つの問題を解消したんだよ。サイドバックの所が欠点だったのを君が補ったのは間違い無い。だけど、我々レギュラーチームのFW問題も同時に解決したんだよ。練習で君が彼等の足を良く痛めつけていたからね。あの頃はクラブのドクターからも感謝されていたんだよ。」と、私は言った。

秋田豊はそれを聞いて私と大笑いをした。 二匹のウサギを秋田一つでやっつけたという訳。


2004.9.8

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