ジーコの部屋

Tem dedo do Edu! エドウーの指!

2月5日に兄のエドウーが誕生日を祝った。57歳である。日本でWC予選のために準備をしている代表スタッフたちと一緒に祝うことができた。エドウーは私が長い人生を歩んでいる中での良き友人である。そして、私の補佐役である彼は、昔サッカーをやっていた時と同じように素晴らしいプロフェッショナルである。短い間だったがフラメンゴでチームメイトとして共にサッカーをしたこともある。彼が一番輝いていたのはアメリカFCにいた時だった。もし彼がサポーターの多いチームでプレイすることができていたら、間違いなくあの世代におけるセレソンに選ばれ、70年のワールドカップに出場していたことだろう。

今回の話題は"マノ"(兄弟)を祝ってのこととしたい。

目の前にボタンがあるとやたらと押したがる変な子供がいるよね?私の兄がそうだった。いまだにその癖があって、目の前にあるものをボタンでも何でもすぐに押したがる。ありとあらゆるリモコン、こっちのボタン、あっちのボタンとやたらと押しまくるんだ。そうすることによって何が起こるのかもわからないのに…。ということで、そんな話をひとつ。

83年、84年とウジネーゼでプレイしていた時のウジネでのこと。私のイタリアでの1年目、クラブは当時の一番新しいモデルだったBMW735iを提供してくれた。その車にはあの頃の最先端コンピューターによる数々の機能が搭載されていた。そんなとき、当時アメリカチームの監督だったエドウーがチームのヨーロッパ遠征の際に、私の家を訪れてくれたんだ。そのときはプレシーズンだったこともあり、あちこち街に出る時間があった。偶然日曜日の試合が無い日に恵まれ、車でドライブするには丁度良い日よりでもあった。ウジネで私がどのような生活をしているのか見せてあげたいこともあり、エドウーと車で出かけることとなった。

自宅から程近いガソリンスタンドで、思う存分ドライブするため、燃料を給油した。セルフサービスの自動式ポンプなので、給油のために車を降りなければならない。この作業はかかっても5分で終わるはずだ。君にとっては短い時間かもしれない。しかし、"マノ"にとっては第3次世界大戦を勃発させるに十分な時間であったことだろう。私が給油のため車を降りている短い間に、彼はアメリカ大統領につながっている目の前の「赤いボタン」を押してしまったのだ…。

私が車に戻りドアを閉めたら、エドウーがあの不可解な表情で座っていた。事件の始まりだった。「ラジオ番組を変えるのがややこしいね、いじってもいじっても出来ないよ!」彼は言った。私にはこの言葉がまるで合図のように聞こえた。何か問題が発生したメッセージのようだった。嫌な予感を感じながら、キーを差し込んだ。車のエンジンがかからない。あらゆるランプが点滅しだした。何をしても治らない。すべてがブロックされていた。エドウーは恐ろしい器用さで、私さえ知らなかった車をブロックする4つの暗証番号を「赤いボタン」でインプットしてしまっていたのだ…。

結局、私たちはドライブをあきらめるはめになった。どうにかメカニックを呼んでブロックを解除してもらい問題は解決したものの、修理のため、車は置いていかなければならない。車をそこに置いたまま、私たちは家まで歩いて帰った。メカニックのイタリア人は驚いて私に言ったものだ。「ジーコ、いったいどうやってブロックされてしまったんだい?暗証番号もわからないのに!?」私は彼にこうかえした。「君は私の兄の器用な指を知らないだけさ。彼の指はボタンさえ押せば、暗証番号だろうと何だろうと、難なくクリアしてしまうのさ。」

今でも私はエドウーのそばにボタンがある時は注意するようにしている。彼の指がボタンを押してしまう発作におそわれないように見張っておかなければ…。最新のテクノロジーが進んでいるここ日本においてはなおさらだよ! 携帯電話、パソコン、カメラ、その他たくさんの機械たち…、彼の器用な指が狙えそうなものばかりだ!! また別の事件がおこらないことを祈っているよ。

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