ジーコの部屋

Quero ver Tv! テレビが見たい!

日本がテクノロジー先進国である事は誰もが知っている。案外多くの人達が知らないのは、こうした創造性とそれを発展させる能力が意外な事を解決させているのには、慣れていない人には興味がある。それが1991年に私に起きた。世界の反対側でサッカーを始めた一年目のことで、チームは住友金属と言い、翌年には鹿島アントラーズになった。

住友金属で既に7試合をこなしていた。ブラジルとは違う習慣に慣れるように努力していた。例えばコミュニケーション、環境は大変気になることだった。それはまあ別の話として、出来事は私達のチームは大塚を相手に5-0で大勝した後で雰囲気はとても良かった。その時、私は一つ約束事を受けていた。それはパリで行われるミッシェル・プラティニが仕組んだ親善試合に出場することで、プラティニのチーム、ヴァリエーテス・クラブ・デ・フランスと世界選抜との試合だった。
結果は3-2で世界選抜の勝利に終わった。

私はチームを離れて日本から飛び立つ事になった。チームは9月14日の東京ガス(今ではFC東京と呼ぶ)との試合のため横浜へ向かった。私はヨーロッパでの11日に行われる親善試合の後に合流することになっていた。それには親善試合が終わって直ぐに飛んで帰り、住友金属の試合に出るようにしなければならなかった。

日本での試合前日に戻り、チームが宿泊しているホテルに直行した。あの頃はまだプロフェッショナリズムは無かったので、多くの場合ホテルにはファン達がいなかった。我々チームのスタッフの案内で直ぐに部屋に入った。通訳など居なかったから、必要な時にはジョナスと言う日本語が少し話せるブラジル人選手に手助けしてもらっていた。
まあ、旅行で疲れていたのでお喋りもするつもりは無かったけど。部屋に入り、荷物を解いて、テレビをつけ、ベッドに横になった。しばらくボーっとしていた。まだ時差ボケの影響でか落ち着かない。そのうちにテレビが勝手に消えてしまった。“これだよ、テレビが壊れたよ。”と思った。
あちこちをいじってみたが・・・その内あきらめた。もっと悪いことに、あのスタッフを見つけるのにあちこちの部屋に電話をかけまくったが見つからない。問題を解決するために、彼を見つけるためチーム中を探していた。

それでも待つことが我慢出来ず、そんなに待つ必要も無かったが。えらい驚きを発見したのは私自身であった。テレビをいじっていたら小さな穴を発見した。それを良く見ていると、どうやらコインを入れるようになっている。あの飲料自販機みたいに。私は驚いたね。

「私はいちいちテレビにコインを入れるたびにつかないのか?エー?オイ!」 と独り言を言った。

スタッフがやって来て私を怒り狂った視線で見た。私はコインの話を彼にしつこくしてやったら、手振りをしてから締めたような顔をして足早に部屋を出て行った。数分後に戻って来たが無言だった。なにやら大きな袋を出し、コインを沢山入れ始めた。その後に言うことにしたらしい
「どうだ、これでもうテレビはあなたに不足しないよ。コインを詰まらせてやる。」・・独り言をつぶやいていた。

そこで私は笑い出した。この時ボスコと言うフラメンゴのスーパーバイザーを思い出していた。
いつも最良のコンデイションを整えるように努力していた人だった。
彼が詰め込んだコインの数なら二日はずっとテレビの前にいても消えなかったと思うね。大げさだよ! ふとその後で、そこで一つ一つに支払いをしなきゃいけないのかと心配した。  
それどころじゃなくて、疲れていたのであの夜は何もせずテレビを見るどころか直ぐに寝入ってしまった。

その翌日は東京ガスに1-0で勝った。私のフリーキックの得点でね。あの日以来、ホテルなどで何かの機械が止まったらすぐに小さな穴を探したり、コインが足りないんじゃないかとかをまず確認するようにしている。


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