ジーコの部屋

Que competicao!  変った競技

最近ではサッカー選手が別のスポーツ競技をする事は少なくなった。あってもクイズや簡単なゲーム形式である。70年代の半ば、私が覚えている面白い出来事はグローボ・テレビの"スペクタル・スポーツ"と言う番組で起こった。スーパーチームと名のついた競技だった。大変面白い内容だったのでここで紹介します。

それはサッカー選手達10人からなる四つのチームで組まれていた。フラメンゴの他にはフッソ、トビアス、そしてコリンチャンス、クラウジオ、エスクリーニョにダダーというでかい選手ばかりのインテルナショナル、それとアトレチコ・ミネイロのチームがいた。各チームは7種目に選手を分けて、ウルカにある軍の体育学校で競技をした。陸上、バレーボール、自転車、バスケット、水泳、障害物競走に綱引きだった。

私達のチームには私にジュニオール、ジャイメ、ウビラジャラ・モッタ、ホンジネーリなどどちらかというとチビが多かった。コリンチャンスは運動能力で勝利した。インテルは力でアトレチコを負かした。この時おかしなことがあったのは、水泳競技の時だった。皆が競技の準備をしコリンチャンスのフッソも準備完了といった感じだった。だが、彼がいざ水に飛び込んだ瞬間大騒ぎで怒鳴っていた。

「助けてくれええ!!助けて・・くれ!」

その場に居合わせた全員が驚いた。収録カメラも一時停止するほどだった。救命具やら何やらが沢山投げ込まれた。後で判ったことだが、フッソは泳ぎを知らなかったのだ。狂人が泳ぎも知らずに水泳競技に参加していたのだ!もう少しで死ぬところだったのだ。 更にそのプールではもう一つおまけがあった。ジュニオールはよく肩が外れる癖があったが、水泳に参加したいといって泳ぎ出したが、途中で腕が曲がって棄権してしまった・・・。

さて、決勝は我々とインテルとの対決となった。状況は単純だった。7つの競技の4つ勝てばよかったのだが、自転車、バレーと障害物競走(兵隊が訓練する壁を乗り越えたり、綱の中をくぐったりする)に勝った。バスケットに水泳(ジュニオール無し)に陸上に負けた。お互い3-3で最後にやって来たのは綱引きだった。私は頭を掻きながら仲間達を見回した。

「こりゃあ参ったな。大変だ、あいつ等の体をみろよ。僕らにはチャンス無しだ!」

こんな時には必ず誰か珍案を言うのがいるものだ。その役をしたのは私達のキーパーであるウビラジャラ・モッタだった。彼は完璧なプランとして言いきった。 

「まあ、落ち着けよみんな。僕が先に行って穴を開け、そこに両足を入れて立つ。君たちは立ったままでしっかり支えて相手を動かすな。カウンターを食らわしてタイトルは我等のものだ。」 

私達は一列になって位置に着いた。ビラは足を穴ぼこに入れてみんなが力いっぱい綱を握り押さえた。「良し、行くぞ!」ビラが号令をかける。私はしっかり握って何が起きるか待った。笛がなって競技はそう長く持たなかった。彼等が一回引っ張っただけで我々は2メートルほど飛んだ。ビラの穴は何もならなかった。結局2位で終わったわけだ。

私達はビラの不敵なプランを散々からかって大笑いした。やっぱり我々の勝負は力じゃないことだと判った・・・。


2004.11.17

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