ジーコの部屋

O jogo do palitinho  爪楊枝ゲーム

今回のこのコーナーは今現在での事を取り上げたいと思います。ただもう何年も前からやってきている事でもある。現代では選手達が暇つぶしをする手段としてはテレビゲームやDVDなどほとんどがエレトロニクス機器を利用するようになってきてます。
私達の世代では、例えば合宿などでもみんなで話したりする事の他に、ビリヤード、トトー(*)やトランプなど皆で簡単に出来る事で楽しみながら時間を過ごしていた。大きな機器や道具も必要なかった。タイトルにも書いた通りなので私達がどんな遊びの話をするのか大体おわかりだと思う。
(*)爪楊枝と言うが、通常"プヒーニャ"でも通っている。

これは何人でも出来るゲーム。それぞれが手の中に爪楊枝を握り、その数を素早く当てるゲームである。一人が持つ本数は3本である。手の中に入れるのは1本でもゼロでも良い。それを当てるのである。あの80年代のフラメンゴではいつも熾烈な"プヒーニャ"争いをしていた。トランプでも同じであったが、それらはもちろん"友好的"にである。それでも誰も負けたくはない、負けると色々とペナルテイーをしなければならないからだ。給仕のようにコーヒーを注いだり、居合わせた仲間から耳ビンタをされたりと・・いろいろとね。要するに楽しむことだった。雰囲気を楽にして気持ちをほぐしていた。

日本代表のスタッフの間でもその"プヒーニャ"が導入された。成田でオマーン戦の準備をしている時にもそれをする機会があった。昼食後や夕食後にスタッフはテーブルを囲んで挑戦した。
ルールは簡単:負けたら全員にコーヒーを給仕する事、それもビスケットもちゃんと添えてデザートも付けてね。その日は私とエドウー、リカルド、カンタレリ、里内に和田がメンバーだった。海外に出るとたまに技術部長の田嶋さんも加わる。

面白いのはこの前はエドウーが一番負けて、写真でもわかるとおりコーヒーを給仕している。アジアカップの時はリカルドだった。ゲームの前にエドウーはシェフの恰好をしてテーブルにブドウを取りに行った。いつも随行している宇野敦子さんがその恰好を逃さず一枚撮った。ゲームの後にはエドウーはそのシェフ・ハットを付けて給仕をする羽目になったというわけ。5つ星のサービスをね。

そのエドウーが私に給仕している写真だけど、奥で光っているのは成田空港の照明でいつも光っている。この話でもっと可笑しいのは、私達ブラジル人が4人で日本人は2人か3人。2回のゲームで2回ともブラジル人が負けているよ。

そうなんだ、私達はブラジルの居酒屋などで流行っている"スポーツ"を日本人達に教えたけど、彼等はあっという間に覚えてもう勝ってばかりいる。手持ちの爪楊枝が無くなって貸して欲しいなんて事はなし、彼等はそのようなことにはならない。ブラジル人の中で結果に不満でゲームを無効にしようとした者もいる。フットテニスをした時と同じように泣き言を並べるわけだ。
そんなことを言っても駄目。負けは負け。シェフの恰好をしてふざけていたエドウーはだんだん悲壮になり、日本人達は覚えるのが早いからだのと文句言いながら給仕していた・・・。このオマーンでは私も、カンタレリもリカルドもエドウーみたいに皆負けた。でもエドウーはたまたま写真まで撮られて日本人達からの被害者アルバムに入ってしまったよ。

注: (*)トトー = 一メートル四方ぐらいの台状に作られたサッカー・ゲームをして遊べるもの。
(*)爪楊枝 =食事の後などには手元にあるのは爪楊枝だからそれを使ったりする。爪楊枝で無く、マッチ棒とか、小さな棒切れでも良い。コインも代用できる。


2004.10.14

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