ジーコの部屋

Filando a boia 魅力的な食べ物

私が現役の頃には多くの面白いキャラクターの持ち主を知ることが出来た。そのうちの一人であるマッサーのセルジーニョは、とってもおおらかな善人である。私が1985年に膝の大怪我をした時には回復するまでずっと付き添って面倒を見てくれた人物である。回復のために行うリハビリ運動を手助けしたのだ。それだけではなく、その他の色々な怪我の時もよく忍耐力を持って一生懸命治療に専念してくれた。セルジーニョはそのために毎日のように私の自宅に通った。そうして一緒に行動を共にしたので、彼の話は沢山貯まっている。それらの中の幾つかは彼自身も話したことがある。私はこのコーナーで次のような話を載せてみたい。 

70年代の終わりごろ、セルジーニョはマッサーとして私の近くに居ることが多くなった。軽いけがでもすぐに対応してくれていた。その頃は彼もマッサ-という職人でありながらあまり知られて居なかった。あの怪我のあと、いつも私にくっついていた彼は次第に良いお客さんが付くようになって、芸能人から実業家まで幅が広くなっていた。しまいにはサウジアラビアまで行くようにもなった。そこでも山ほどの逸話を作り、帰るときに持って来た。 

セルジーニョは何年経っても変わらない特技のようなものを持っていた。それを彼はあまり話さなかったが、口を開けさせるのは容易だった。彼はいつも私の家に治療にくる時はなぜか昼食前かおやつの前だった。そして彼が大変な大食漢である事に気付くのに少し時間がかかった。

セルジーニョが昼食時間前に来た時、私は冗談を飛ばした。

「セルジーニョ、今何時だよ?治療はまだ夕方の少し前だろう?なんでこんなに早く気たんだい?」

彼は何も言わずに微笑むとまっすぐにテーブルに向かっていた。それから私のマッサージに必要な運動の手助けをする。初めて膝の手術をしてから回復のための厳しい日常だった。始めの2ヶ月間は彼の手助けがなければ風呂に入るのも大変だった。

ある日、セルジーニョは午後5時半ごろやってきた。ちょうどおやつの時間だった。私はもちろん彼をからかうのを忘れなかったね。

「あれ、今日は遅いじゃないか。今おやつを食べるところだよ。治療はやらないのかい?セルジーニョ?」 

彼は言う事を聞きもせず、笑って私と一緒に食べ始めた。その後でどんな運動をするのかを考えた。ところがある日、ふざけるのも得意な彼は私のして来た質問に答えることにして口を開いた。 

「問題はだな、ここにはいろいろなチーズがある、ハムも、甘いパンも、コーヒーにチョコレートケーキに、ビスケットに、ジュースも・・・・・君は解らないといけないね。これじゃあ耐えられないよガーロ! 僕はこれを平らげるのを助けるために来ているんだよ!」 

これには二人して大笑いした。それからなお長く私は彼のためにベッドに入っていることにした。だが、セルジーニョは私達家族が家にくる事を大歓迎しているのをよく知っていた。そうした冗談話も私の気持ちをリラックスさせていたのもある。セルジーニョもまた面白い人物だ。

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