ジーコの部屋

Carrinhos do Mozer モーゼルのスライデイング

ついこの間のこのコーナーで偉大なデイフェンダーの話をしたばかりだ。そう、フラメンゴで一緒にプレーしていて、皆も知っている”モーゼル”こと Jose Carlos Nepomuceno。あの時には本当に私は
大事な伝統の一戦に出れなくなってしまうところだった。もちろんわざとじゃないけれどね。

こういう話は少なくない。確かにモーゼルはそんなに乱暴な選手ではなかったけれど、ちょっと野蛮なところがあった。しかし、彼はとても上手かったし、デフェンスについて特に真剣にプレーしていた。だが、時々自分の力以上にしてしまう事を制御する事が出来なかった。そして・・・・起きてしまう。中でも一番ドラマチックなのはスライデイングだった。そのプレーは彼が引退するまでついてまわった。

モーゼルは鹿島アントラーズでプレーしていた事がある。私がテクニカルデイレクターをしていた96年の事だった。既に成熟していたベテラン選手であって、フラメンゴでもアイドルであり、ポルトガルのベンフィカでも有名選手であった。ポルトガルでは87年にチャンピオンとなり、フランスのマルセイユでは90,91,92年に3連覇している。これだけの偉業を成し遂げ実績的に日本に行くことへの障害はなかった。しかし、日本においてもそのスライデイングが見られてしまうのだが・・・・

確かに彼はいつもボールを追い、ボールを奪うタイミングに気をつけてプレーしていたが、実際に起こる事は相手FWの喜ぶ様子を見る事だった。どちらかといえばきゃしゃな体格の日本人選手達に対して彼は190センチも身長があるにもかかわらずだ。もしこれがボーリングの競技だったらモーゼルは恐らくストライクを連発する事だろう。日本のレフリーが気付いて彼の反則行為を取り締まるのには時間がかからなかった。ある試合でレッドカードをもらった。モーゼルは出場停止期間が過ぎてまた別の試合でまたもあのスライデイングでレッドカード。そう、私は彼と真剣に話す必要があった。

“モーゼル、何が起きているんだい?君はベテランだろ。彼ら相手FWが君の力を逆に利用しているんだよ。そのスライデイングは止めなくては駄目だ。そうでないと我々は試合を11人で終わらす事が出来ないよ。”

言うべき事を話した。監督のジョアン・カルロスはモーゼルをベンチに置く事にした。確かに彼は本調子ではなかった。彼がベンチになって最初の試合だったことを覚えている。ジュビロ磐田との試合だった。試合前にはモーゼルがベンチに居ることを伝え、”試合に出たら”絶対にスライデイングはなし”と釘をさしておいた。

試合は1-1だった。前半の試合始まってまだ間もない19分我々のDF室井が肩を怪我してしまった。モーゼルが交代でピッチに入った。彼を見た。試合が順調に行くことを期待していた。しかしその期待はたいしてもたなかった。なにか冗談のようだった。だが、相手がボールを持ち攻めてきた時またしてもモーゼルはあのスライデイングをしてしまった。またもや相手の日本選手が宙を舞い、私は頭を抱えた。一発レッドカード。

私はベンチで激怒していた。モーゼルはそれを判っていた。彼は泣きそうな顔をしてピッチから出て行く。”モーゼル、そうじゃないだろう!”私は怒鳴っていた。彼は控室の隅に体を小さくして謝っていた。時間が経ちその一件は克服された。鹿島はその年96年Jリーグで優勝し、彼も日本サッカーに名を刻む事になったのである。

今となっては大笑いできる話だ。当時の事で更に皆さんに伝えることがある。日本でプレーした最後の試合まで(特に大事な試合であればあるほど)私はモーゼルにぴったりくっついて言い続けた。
“モーゼル、神に誓って絶対にスライデイングはしないでくれ!”



>一覧へもどる