ジーコの部屋

Ah, Baltazar!  ああ、バウタザールッ!!

現役時代はどんな形からでもゴールを決めていた。オーバーヘッド、ヒール、前向きで、後ろ向きで、その他でも出来る事は何でも。大事なのは相手ゴールのネットを揺らす事だった。遠慮なんていらない。ゴールの匂いを感じていたし、とにかく大事なチャンスを無駄にしないようにむちゃくちゃ練習していた。ポジショニングをいつも最良の位置を求めていたし、ボールも私に向かって来ていた。私達の付き合い、つまり私とボールの事だが、いつも親密であった。私はボールを捜していたが、思うにボールも私を好きで近くにいたかったみたいだ。

面白いことにチームメイト達は、僕がゴールを横取りしているなどと言い出すこともあった。私がいつもゴール・エリアでボールを待っているとか、それは相手に向かっているにもかかわらずに。ボールは近づいて来る、這うようにも、空中にも、仲間がそれを蹴ろうとした時には私はもうゴールを喜ぶジェスチャーに走っていた。そういう事が実際に起こっていたのかは良く覚えていないけど、それが逆に起きた事はよく覚えている。それは1983年に起きた。

あの年にフラメンゴは3度目のブラジル選手権を制覇していた。その直後に私はイタリアへいってウディネーゼで2シーズンを過ごすことになったのだ。さて、選手権が始まって1月、マラニョン州でモト・クラブと対戦した。楽な試合であった。アジーリオが既に2点取っていて我々はいとも簡単に相手のエリアに行き着く事が出来ていた。我々のセンターフォワードはバウタザールと言って"神の得点王"と言うニックネームを持っていた。彼はヌーネスの後釜で雇われて来たのだ。 

ここで、あの頃のフラメンゴを知らない若い世代に説明しよう。バウタザール・マリア・デ・モラエス・ジュニオル、彼はグレミオから世に送り出された。ボタフォゴやスペインのセルタ・デ・ヴィーゴや他の幾つかのクラブでプレーした。そのニックネームを貰ったのは、彼が熱心なクリスチャン・エヴァンジェリコだからだった。ゴールをしたら天に向かって感謝のジェスチャーをする選手で、80年代に始まったそういうタイプの選手達のグループ"キリストの選手達"の創立者みたいな存在だった。

そういう事で、試合は楽勝で既に4対1になっていた。でも私はまだネットを揺らしていなかった。誰もが私はフォミーニャ(食いしん坊=ゴールをしたがる一人よがり者)では無い事は知っていた。だけどゴールをしたかったよ!アシストはしていたけど。後半の17分、相手陣地の中間でボールを支配した。即、マラニョンのデフェンダーをかわして敵エリアに突撃して、キーパーが出て来るのを見計らって、フェイントで抜け、ボールと共に今こそシュート!!・・・と言う時に!?バウタザールが飛び込んで来て私とボールを一緒にしてゴールネットの中に放り込んだ。 ?!X+??
レフェリーがやって来て私に聞いた。 

「誰のゴール?」

私はバウタザールへの大変な怒りを噛み締めて、答えた・・・

「彼のゴールにしなよ、彼にやりなよ・・・」  

更衣室では、私はどうにも我慢が出来ずにバウタザールに暴言を吐いた。後で"神の得点王"に謝ったのだが、滑稽だったらしい。だけど、あの時はなんと言っても自分の気持ちを押さえるのは大変だった。古い付き合いのジュニオールが後で言うには、ピッチで見ていたけど、私が理性という線路から脱線するのを見るのは稀だって。


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