ジーコの部屋

A cor da rede ネットの色

私がサッカーのテーマとしてしばらく話をしていないと思い返される事がある。それは“迷信”

運か偶然か?そこにサッカーの世界ではいつも論争と議論が行われる。それは皆がやるべきことを準備してやった結果について、一つのやり方が運を呼ぶとか逆に不運になるとかを言うだけである。勝利に繋がるなら何でも良しである。 

私にも癖があるが、迷信的な感じではない。サッカーと共に生きてきて信じる者の気持ちと言うものを学んできた。結局我々は信念と言うものをいつも尊重しなければいけない。一つに諺にもあるように。“魔女を信じないが、存在することには疑問はない”。     

1992年に日本へ行った時、このようなブラジル的な迷信事から少し遠ざかっていた。だが、文化の違いがあり、サッカーがまだ発展中の東洋においても同じような事があった。住友金属でプレーを始めたとき、まだフィールドは土だったし、施設もまったくアマチュアのものであった。成長したい意欲が湧いたものだ。その翌年、J-リーグが発足され幾つものチームが名前を変えてプロ化しプロ意識がこの環境を支配していった。しかしいくつかは忘れらていた。

プロリーグで初めてのホームでの試合に、私達選手らは鹿島での勝利に飢えていた。ピッチに入る時にまず見るのは目標であるポストとゴールである。そう、私はアタッカーだったから。いきなり驚いた。ネットが暗いではないか、黒かそれに似たような。その色はそれまでのサッカー人生では見たことも無かった。私はそのシーズンの前半を運営責任者らにネットのクレームを言い続けた。彼らは伝統的な白色のネットに取り替えると言っていたが。私は技術的な意味で必要性を訴えた。

「みんな、ネットは白でなくてはいけない。ネットはアタッカーにとっても選手にとっても一つの目印になるんだ。暗い色では駄目なんだ。」

運営責任者達は問題を後回しにしようと予算が無いと言う。彼らの考えも変えたかったのかも知れない。チームは苦しんで勝ち、たまに引き分けていた。それでもネットは変らなかった。あの時よほど自分の金でネットを買ってやろうかと思った。それほど暗い色のネットは私を落胆させていたのだ。

シーズンの後半になって私の希望をかなえてくれ、あの白いネットがゴールを覆ってくれた。私がうるさい位にそれまでのネットは良くないと言い張ったので、責任者達は今度は結果を出すことを要求し、期待していた。

実際私はネットの色が何らかの効果があるのかは分からなかったが、出来事はネットが変って初めてのホームゲームで起こった。いきなり5-0で勝ったのだ。その試合後、私は彼らにこの結果はネットのせいだと言い、チームは伝統的な白いネットになって消化不良が無くなったと言った。この結果についてはある神秘的なものが流れたようだ。技術的な事よりももっと効力を発揮したようだった。その後の鹿島のホームでの成績は促進され、彼らも暗いネットと共に現れなくなった。 

運?それとも偶然? 大して意味が無い。わかるのは上手く行ったこと。それと日本人達も少しブラジル人になったこと。

>一覧へもどる