ジーコの部屋

Ursos da Sorte 幸運の熊たち

毎週のようにコラムに載せるサッカーの世界で体験した珍しい話を私の記憶が捜し求めている。先週はかなり昔に戻って私がキンチーノのジュヴェントウージで遊んでいた少年時代のことを載せた。あの頃の話はまだあまり載せていないけど、まだこの先色んな話が引き出しに残っているので時間をかけて紹介出来るだろう。今回のテーマは迷信に関係したものである。

運・・ 災難・・ そのような話の中にはイチゴの件も有った。カルロス・アウベルトとの練習、ネットの具合、等等・・毎週コラムを読んでいる人達は知っているだろう。日本でも迷信と言うものと出会っているのだ。今週はその迷信の話でつい最近日本で起きているものである。

ラトビアの首都、リガで日本代表が親善試合をした。その後ウクライナに行ってもっと手ごわい相手と試合をした。彼らは私は指揮を取ってから最も手ごわいかもしれなかった。ドイツワールドカップ出場を決めている我々のチームと同様にだ。

前置きが長くて日本での迷信と言うのにまだ触れていないが、今は日本にいないので写真に取る事も出来ない。私の家の中にはクマさんたちが一杯なのだ。誰かが痺れを切らして余計な話をする前に説明しよう。この“クマ効果”は面白い出来事になっていて、東京を飛び立ってドイツに向かう時に思い出した。

2002年に私が代表の責任者となって、最初に海外へ旅行に出かける時、日本航空(JAL)に乗った。その時乗務員がクマのぬいぐるみをくれたのだ。結果は勝利に次ぐ勝利。ヨーロッパで我々がチェコとイギリスと試合をした時もJALで飛びクマが居たのだ。その時にもクマを貰った。

予選を一位で突破した。我々の厳しい練習の成果であろう。負けるよりもかなり多く勝っている。そこであの話だ、ブラジルでもあるように、最初にクマで勝った、その後日本代表が遠征に出る度に忘れてはならないプレゼントとなっていた。一つのお守りみたいなものだ。それは航空会社の宣伝も兼ねている。空港などには沢山のカメラマンがいるからね。

横の写真には私とサンドラが二つの小さなクマと一緒に写っている。搭乗する少し前の時間だった。熊が二つだから運も倍になることを期待した。奥には飛行機が見える。もう幾つかは他の家族に分けたが、年末にはサイトでも抽選でプレゼントしよう。でないと私は東京の自宅をもっと大きな家に変えないといけなくなる。

面白い事に今回私は先に旅立ったのでチームと一緒ではなかった。もう少しで彼らは私にクマをくれなかいところだった。私が搭乗する前に届けようと職員が走り回っていたのだ。私はこうした人達の暖かい心ざしを本当にありがたく思っている。いつも迷信と言うものは世界的なものなのかそれともブラジル文化の影響なのかと疑問に思いながら旅行している。私は個人的に幸運にも迷信は一つも無い。しかし、何も信じないと言う事ではない。そうは言っても誰でも何かしかそう言ったものを持っているものだ。 

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