ジーコの部屋

Servico de bordo  機内サービス

以前このジーコの部屋で、旅行や遠征などの移動時間に仲間達とふざけ合うのが楽しみだったと話したと思う。あの70年代から80年代の最強フラメンゴ時代はそんな遊び事に盛り上がり、みんな純朴で無邪気だった。そしていつもイタズラは絶えなかったが、それは緊張をほぐす効果をもたらしチームの雰囲気を良くしていた。もうあれから30年も経つといったい誰が一番の被害者だったかも良く思い出せない。同じように誰が企んでいたのかも覚えていないが、私が言うようにみんな無邪気だったのである。 

こうした遊びは何処でも起きていた。それはホテルでも練習中でも飛行場でも機内でも起きた。以前話した1981年のビゴジーニョ(ちょび髭)事件は誰も忘れることが出来ないとペウーが言う。しかし、今週の話題の最適ターゲットもそのペウーである。仮に彼の話題が先に出てこなくても、次回には必ずフラメンゴを廻って彼の出番が回って来ていたはずだ。

どんな仲間内でもイタズラをする事はあると思う。サッカー選手の中でもそれは変わりない。私とメリッカはサウナに行きいつも次のイタズラを考えたものだ。飛行中の機内では特にいろんなイタズラを考えてた。普通はそのターゲットに判らないように進められた。ターゲットになる相手は“初航海の水夫”、つまりあまり飛行機で遠征をしていない人物を選んだ。 

今回のイタズラの内容は、機内で飲食したものは全て飛行機を降りる前に支払わなければいけないと驚かす事。まず仲間内に説明した。それぞれいろんな手口が使われる。そして必ずターゲットの側に仲間をおいてもっともらしく振舞い油断させるのだ。 「オーイ!オイ、相棒。僕は今日は水だけにして置くよ。少なくてもビスケットぐらいだ。僕は金無しッ子さ。だから機内食は食べないよ。」 と、“さくら”はみんなに聞こえるような大きな声で言った。  サンパウロとリオの間を飛ぶ飛行機ではそんなことはしなかったけどね。長い移動にはよくやった。“バイ、バイ、ブラジル”じゃないけど、機内食が一回は出る時などにね。 ペウーはそれを聞いてソワソワし始めたのを覚えている。彼は既に機内食をおかわりまでしていたからね。もちろんジュースも。「み、みんなあ、そんな、こ、ことない、ないだろう。な、なあああん、にも、は、は、払う事は、ない、ないって、聞いて、い、いたぞ。」 アラゴアス出身のペウーは冷や汗をかきまくっていた。そういう時には必ず火に薪をくべる輩がいるものだ。「何だよ、ペウー。俺なんてお金を貸してやりたいけど金欠状態でさ。だけどこの機内食は・・かなり高いんだよな。」  こうなるとペウーはいても立ってもいられなくって手荷物を探り出した。お金が無いかもしれないと心配して荷物をひっくり返している・・・と、お金が出てきた。それでもまだ不安顔のまま喋りだした。  「だ、だけど、さ、そ、それじゃ、い、い、いったい、ぼ、僕は、だ、誰に払えば、 い、い、いいんだい?誰も、う、受け取り、に、に、こ、来ない、じゃ、ないか?」 答えは舌先にあるのは明解だった。「ペウー、僕らに持ってきてくれた彼女を見ろよ。そうだ、スチュワーデスだよ。彼女が機内サービスの責任者だ。食事を持ってくる前に言ったのを聞いていたかい?最後に彼女は伝票とお金を取りに来るって言っていたのを。」  こんな茶番劇はいつもだった。このペウーの話も同じだった。我々のターゲットがいよいよ困ってスチュワーデスを呼び、金額が幾らなのかを聞いた時まで。彼女は驚いて答えていたが、事の一抹は我々の爆笑で掻き消されて行った。親愛なるペウーは他の仲間たちと同じように溶け込み、笑いに引き込まれて行くのだった・・・・・。

>一覧へもどる