ジーコの部屋

Saco vazio? 空の袋?? 

リオのキンチーノで生まれ、フラメンゴでプレーして世界中遠征した。イタリアにも住んだ。これらはもう15年も経つ日本での生活以前の事だ!そんな中でいつも興味を持って観察していたのは言葉の問題で所が変われば一つの情報をどう訳すかである。言葉や表現の中には大変単純、明白なものがあるが、一方ではその国によって特徴が有って複雑な意味を含むものもある。

このコラムでも鈴木通訳が代表召集の時に通訳したことを取り上げ楽しんだ事がある。記者団に私が話し、ある程度で止めると彼が通訳した。また少し話し、彼はそれを続ける。私が選手名を言い終えると、彼は同じように選手名を繰り返した。後で、私は選手名の発音もうまく出来ていなかったのか?と冗談を言った。

その後、この一件で彼は時折私をからかった。だが、私は意図の無いまま彼にお返しをすることがあった。中国で選手達と話しているときだった。アジアカップで行った時だ。話の内容は食事に関してで、私はコックの仕事ぶりに感謝していた、彼は我々がチャンピオンになるのを手伝ってくれたからだ。それは日本人たちが他国の食事に慣れない困難を感じていた事もある。そこでコックはいつも帯同していたので、特に話の中に取り入れた。

現在では私もいくらか日本語が話せるようになっている。空腹にはならない程度にね。だが、こうした会話には鈴木の通訳は不可欠であった。選手達が食事の習慣がいかに大事なのかを理解するためにもね、・・。

鈴木が訳している。

私は彼らに多くの場合は食事によって怪我することを防ぎ、また回復を早くすることにもなることを信じている、と言う話をした。

鈴木が即通訳する。

私は幾つかの比較することを話した・・・

「君達はだから食事の内容がどれ位重要なのかを考えないといけない。普段我々が何を食べているのかを」

鈴木は又速攻で訳し終るか終らないうちに、私は言い放った。

「みんな、空の袋は立っていられないぜ!」

鈴木を横にしてメンバーを見ていた。言葉の代わりに彼の沈黙が漂った。3秒ぐらい経っただろうか、でも何だかとても長く感じた。我々の通訳はなかなか話さなかった。私は彼を見て通訳するのを促すように頭を振った。なんて事は無い、彼は動転していたのだ。私は助け舟を出そうとしたが、あまり効果無かった。

「ガソリンの無い車は走らないよ、みんな」 

それだけだ。鈴木は通訳してから冷や汗を掻いていたが、後で大笑いしてしまった。彼が通訳として能力が高いことは承知。しかし、瞬間彼は出口を探し当てていた。だが、私は言葉の違いとその表現の違いで知らない内に彼を苦境に陥れてしまったのだ。 

訳注:「空の袋は立っていられない」はポルトガル語の直訳。
日本で言う「腹が減っては戦が出来ぬ」と同じ意味。 

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