ジーコの部屋

Que desculpa e essa! 何と言う言い訳!

誰でも日常の中で起きている事について問いかけてみたりして、その事に何かしらの答えを求めたりするものだ。それは普通の事だと思う。人間なら誰しも問いかける。急いでいる時に限って何で車がエンジントラブルになってしまうのだろう?これから旅行に出掛けようと思っている時に何故雨が降るのだろう?その瞬間に何で我々に良いチャンスが訪れたのだ?とかまあ、色々と自然ではなさそうな事も起きる。

サッカーの世界ではこうしたことに対する回答で結構神秘性を持っている事が多い。幸運、不運が多くを決定する。それらについて私はそう簡単に決められるのを好ましく思わない。 

いろんな要素が試合に影響し、タイトルの行方が決定した時、多くの人間が関わり重ねてきた努力の結果をそれは単に運が良かったのだと簡単に片付けられてしまうのはかなわない。

私が言うのは負けた試合の後にピッチを出ながら何故なのかと理解しようとするのは別に異常ではないことである。一生懸命やったのに、努力もしたのに結果がついて来なかった?その理由が解るのに何年もかかったり、あるいは何十年経っても解らない事もある。サッカーとはそんなものだ。

今週のテーマはそうした事に触れる即答に等しい例となる話をしよう。何故負けたのか?何が起きたのか?何故あれが出来なかったのか?サッカーの中では監督でも選手でもそうした問いかけに直ぐに出せる回答が必要なのだ。ある時、仲間のエジーニョにその事が起きた。彼はフルミネンセでもセレソンでもプレーした事がある。フラメンゴでもプレーしたことがあってその後は監督業に就いた。彼は真さにその状況に立たされる羽目になる。何とか返答せねば。

時は1993年、茨城県立カシマサッカースタジアムのこけら落としの試合、自分もあと一年で選手を引退する前の時だった。プレシーズンマッチをした相手がフルミネンセで監督はエジーニョだった。数日前に行なった試合では国立で1-1の苦しい試合だったが、2試合目は鹿島で行い、そこで我々は良い試合をする事が出来た。我々はパスワークでフルミネンセをてんてこ舞いにさせた。それでも何度もゴールチャンスを失いながら、2-0で勝つ事になった。鹿島がブラジルのクラブチームに勝つなんて大変な興奮だった。しかしその一方でエジーニョは負けるなんて何だか信じられない顔をしていた。

試合後の記者会見。エジーニョは当然報道関係から鹿島が楽勝した事についてのコメントを要求された。実際に答えるのが困難な状況だった。まあ、我々のチームが単純に上手かったからで終わりである。だが、彼は何とか良い返事を考えていたが、サッカーで言う楽しくて真珠のような言葉を口にしたのだ。

「まあ、私はここで鹿島を祝したい。あれだけの素晴らしいピッチを持っている事に対してですが、本当にサッカーをするのに最高なカーペットのような芝です。それが問題でした。私のチームはあの芝に順応出来なかったのです。慣れていないものですから。日本の皆さんはブラジルの芝がどんなものかを知っているか解りませんが非常に悪いのです。その結果私達は試合に負けてしまいした。」

この意外な返答は全員の度肝を抜き、ブラジル人達は爆笑に陥りました。つまり試合に負けた原因を普通だったら悪い芝のせいにするが彼は逆手に使ってしまったのだ。エジーニョは偉大なデフェンダーだった。しかし、この話題で周囲の人達をかなり驚かした。この回答はこのコラムに入れるしかない。

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