ジーコの部屋

Peu nas Arabias? ペウーがアラビアに?

オイルマネーに石油貴族、その他全部がサッカーの世界では夢物語だった。まだその事があまり知られてなかった80年代で給料も百万ドル単位では無かった頃、多くの選手達はアラブの国から招待を受けアラビアン・サッカーで稼ぐ夢を見ていた。そのチャンスを掴もうと選手達は日毎努力をしていた。そんな時私達の親愛なペウーをからかえる事があった。

私にはセルソという友人がいた。いつもサッカーに関係していて、アラブ諸国人の真似をするのがとても上手だった。いまだにそれを続けている。アラブの服を着て、アラビア語を話し自称ナジブとまで名乗った。

「セルソ、合宿に来なよ。そしてアラビア人代理人に成りすましてペウーに話があると言ってくれよ。」と私は言った。

そして私はペウーに事情を説明した。また、他の者にも話し途中でバレないように話して準備をした。翌日の月曜日、バリリ通りまでカリオカ大会の試合に行った。ペウーは今までに無いような準備をしていた。アラビアに絶対に行くと言って集中していた。

セルソはもちろん、相談した通りにスタジアムの良い席で試合を見るようにしていた。一人の通訳までずっと付きっきりでいた。そしてわれわれは試合に入る。ピッチに入ると、我々の被害者は周りを見回して代理人を見つけた。 

「ジ、ジーコ、俺は、ぜ、ぜったいやるぞお、お。あ、あそこに、彼、がいるよ。」 

ペウーが言った。

私達の監督はパウロ・セーザル・カルペジアーニ。試合は彼のテストであった。真剣にプレーして我々は相手チームに大差をつけ、私自身2得点した。試合中、私は右サイドに寄って行った。ペウーの近くで彼が良い働きをするのを手伝い、それを代理人に見せるためだった。

そして、半狂乱な時が訪れた。ペウーがゴールしたのだ。彼は飛び上がって、セルソの居る方に走って行き、膝まずいてユニホームにキスをした。そしてピッチで言いつづけた。

「や、や、やったぜ。契、契約だああ。」

更衣室でもう彼はアラビアへ行くつもりになっていた。あとは代理人が現れるのを待つだけだった。しかし代理人が来る訳が無い。その後ペウーは冗談だった事を知り、私達に怒りをぶちまけた。だけどそれはあまり長続きしないで終わった。彼は我々の偉大な仲間であり、冗談にも理解があった。その後みんなが笑いだした。セルソにも笑いが飛んだ。なぜならまたそこで今後このコーナーで取り上げるにふさわしい事が起こったからだ。

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