ジーコの部屋

Os apelidos ニックネーム

1981年にフラメンゴがある試合で勝った。それはビゴーデ(口髭)とカパセッテ(ヘルメット)がパスを繰り返し、そこにトロンバ(象の鼻のような先が細くなった形)が絡んで最終的にカルカラー(鷲に似ているブラジルに生存する鳥)がゴールを決めたものだ。と、こんな名前が出てくると読者は理解出来ないのではないだろうか。これはフラメンゴの選手たちにつけられたあだ名で記したもので、これは誰もが暗黙の了解している事だった。

私はいつもガリーニョ(痩せた小さい鶏)だった。だけど、カンガルー(マリーニョのこと)もいた。レアンドロはムーラだった。中には必ず醜い奴がいたものだ。カメーロ(ラクダ)はモーゼルだけど、本当はバンピーロ(吸血鬼)の方が知られていた。彼の歯と顔が似ていたからね。

これでチームには動物たちばかりがいたように感じるが・・・凄いのはスタッフまでにもあだ名が付けられていたことだ。チームを走らせる役目をしていたのはカパンガ(片足が不自由な)こと我々の尊敬するフランカラッチ。キーパーのカンタレーリなどはガギーニョ、それにドクター・デリオ・コテチアとドクター・タラントの二人はフレッジとバルネイー。この3人はアニメ漫画の中の名前からそっくり抜け出して来たのだ!

ジュニオールはいつものあの頭のスタイルからカパセッテだったし、リッコはビゴーデを貰ったのは当然であろう。ヌーネスの格好からはチームのカルカラーとなった。物の言い方と口先の感じからトロンバと呼ばれたのはアンドラーデ。チッタはいつも我々のモルモン(モルモン教)だった。それから我々のゴールを守るヴェーリョ(年寄り)こと冗談を飛ばすハウー。ベンチ組も忘れてはいけない。レイナウドは窪んだ頬を持つのでクラテラ(クレーター)で、ジュリオ・セーザルは相手選手をひん曲げるようにドリブルするので、あの頃有名になったスプーンなどの金属物を曲げるマジシャンの名を取ってユリ・ゲラーである。

中にはきわどいあだ名もあったけど紹介します。危険地帯ベルフォルド・ホッショ出身のカルロス・アウベルトはモン・ブランカ(白い手)。アジーリオは?彼はビッコ・デ・シャレイラ、つまり彼の解剖学的な問題からである!この由来は秘密だね!反対に喧嘩早いホンジネーリは神聖を感じさせる、チームに熱血を供給することからデウス・デ・ハッサ(共闘の神)と呼ばれた。真理が証明している! 

さて、チームの締めくくりは監督であったパウロ・セーザル・カルペジアーニの登場です。イポコンドリーアコ(病気でないのにやたらと薬を欲しがる人)と呼ばれていました。他の者と同様に彼の場合はたまたま付けられたのではないのだ。彼は医務室に入る度に塗り薬、ビタミンC、赤チンなどを要求していた。それで何も薬が無い時には言う事は同じ: 

「それじゃ、何でもいいから注射でもしてくれ、俺は何だか調子が悪い」 

冗談は抜きにして、とにかく全員がこのようなユーモアに溢れたあだ名を貰っていたものだ。それは決してプレーに影響することは無かった。反対にあの雰囲気は我々の成績向上に役立ち、タイトルを制覇して行くに役立ったくらいだ。あの沢山のトロフィーを見て貰えば証明できる。

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