ジーコの部屋

Nunes e o tenis ヌーネスとテニス

日本からの帰りにフランクフルト経由で乗り換えた時の事。その乗り換え手続きに走り回っていると、偉大なるグスターボ・クエルテンに出会った。ニックネームはグーガと言い彼はテニス界の偉人だ。彼の生まれた国(ブラジル)はまだテニスがあまり注目されていなかった。しかしテニス界のトップに上がり、最も難しいとされるフランスで行われているローラン・ギャロス優勝を3回制覇している。

グーガとテニスの話を立ち話しでしている内に、昔現役の頃他のスポーツで合宿時など時間を過していたのを思い出した。その中でもテニスを結構楽しんだものだ。その名残りか今でも日本代表の指導部メンバーとでたまにテニス・コートに立つことがある。それは二つのスポーツを混ぜた“フット・テニス”と言うやつだ。

さて機内で一人でフラメンゴ時代の合宿で起きた事を思い返していた。その一つに偶然ではなく我々のセンターフォワード、ジョアン・ダナード、ヌーネスの事。色々な話があったが、その協力者となっていたのがアジーリオだった。このアジーリオも元仲間で面白い話題の主である。

80年代、パラグアイでフラメンゴがリベルタドーレスを戦った時のこと。その時はセーホとオリンピアを続けて相手にする事になっていた。そのためアスンシオンに長く滞在する事になった。ホテル内にはとても良いテニスコートが有った。プロ用であった。我々はラケットとボールを持ち出し、楽しんだものだ。それかフットテニスに昂じた。その時に誰が言い出したかは記憶に無いが、真剣にテニスで勝負しようと言う事になった。

「みんな良く聞けよ、大体我々はテニスは初めてではない。それでは一つ真剣勝負をしようじゃないか。ルールも本物でだ。遊びだけでは面白くない。」

多くのメンバーは怪訝な顔をしていた。まあ、我々のやっているのはルールにも厳しくなく、遊びのテニスだったので、みんなは殆どやる気になって、ラケットやらボールやらを取りに行った。プレーしない何人かがラインを見るレフェリー役になっていた。ヌーネスが一番先にラケットを手にした。

「オット、これなら俺様が一番にやるぞ」 と、ヌーネスが言う。

メンバーは不審に思った。ヌーネスがテニスをやっているのを一度も見た事が無いからだ。

そこで、アジーリオがけんか腰になるのを解っていて相手を買って出た。ヌーネスはいつも東北出身者の泣き言を言って難癖をつけるタイプだった。競い合いになるとそれは争い事にも発展した。

さて、選手達が紹介された。片方にブラウンこと我々のアジーリオ、もう一方にはジョアン・ダナードことヌーネスが。もうそれで笑い話しが出来上がったようなもの。みんながヌーネスが何かをやらかすのを待っていた。短気を起こしてしまうとか。何かが起きる。 

しかし、違う事が起きた・・・

アジーリオがサーブ・・・得点。ヌーネスは動きもせず、深呼吸をして集中してブラウンの目を見つめる。そこでレフェリーが怒鳴った。

「アジーリオの得点。15対0でアジーリオ対ヌーネス」

その時ヌーネスが形相を変えた。ラケットを地面に投げるとネットに向かって行き、口を開けた。

「オイ、オイそりゃ無いぜ。試合が始まったばかりなのにおまえさんはドロボーしているのか?あんたはドロボーレフェリーだ!!!彼は一発ここに当てただけじゃないか。一発だから1対0だろう?何だその15と言うのは、そんな話は無いだろう!!」 

ヌーネスは苛立ち、他のメンバーは爆笑した。アジーリオは堪えて相手をした。ヌーネスは文句を言いながらも続けた。その内30になり、また40まで跳んだ。彼はテニスのポイント計算を知らなかったのだ。それを我々にも伝えなかった。ヌーネスもまったく可笑しい奴で我々は笑いが止まらなかったものだ。

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