ジーコの部屋

Nasce uma grande equipe 一つのチームが生まれる

いつの事だったか・・・その時聞かれたある質問について考えていた。スポーツの世界でちょっと興味をそそる、でも単純な質問だった。「あなたはある育成中のチームが将来偉大なチームになると言う予感、あるいは予知というかそんなのを感じる事がありますか?」 この質問について考えていた。思い出したのは1977年にヴァスコに負けた事で、バリール1800(レストラン名)で我々が結託したひと時は重要なことだった。だが、そこのテーブルであの80年代のチームが出来上がった訳ではないのは明白だ。関係している者にとっては芽生える時を正確にすることがほぼ不可能である。
フラメンゴのことを話す事は出来ない。少し離れて見ていれば解るかもしれない。自問自答もしてみた、偉大なチームが芽生えるのを予知することが可能なものかを。

正直なところ何週間にも渡ってこれについて返答できるように色々記憶を引っ張ってみた。数週間が過ぎ、リプジグで答えが出た。2006年のドイツワールドカップ組み合わせ抽選会場において確定的に出た。ブラジルを相手にしなければならない実情を段々飲み込んで行く内に心に刻まれていた話題がこのコラムに載ることになる。

ウジーネは小雨が降っていてピッチは重たかった。試合はバランスが取れていた。我々が1-0と先制した後もアルシンドが何度もチャンスを逃した。そのまま調子良く行くかと思っていたが、それから目前のチームが芽生えるのを見ることが出来た。不利なスコアは相手の若者たちを意気立たせた。彼らは1点取り、2点取り前半で3点も取っていた。我々は3-1で負けていた。私はあの若者たちがあれだけやるのを見たことが無い。それにもっと大変な苦労をさせられることになった。実際に一つの育成中の代表チームだったのだ。我々自身発芽したばかりの頃で同じ年にJリーグチャンピオンになったのだ。あの試合では結局8-1で我々は敗北したわけだが、私はクロアチアの人々から栄誉な記念品を受け取る事になった。(上の写真)

抽選会が最初の話となんの関係があるかって?そう、抽選でマテウスが日本のボールを取り、それがクロアチアと同組で対戦相手になることを決めたのだ。あの時アントラーズ相手にショーを見せてくれたあのスーケル、ボバン、プロシネッキ、ジャルニとカンパニーの国なのだ。あれはクロアチアの代表が固まって2度目の試合だったのだ。私はあの代表チームは元ユーゴスラビアの落とし子で凄いタレント性を持っていると確信を抱いてピッチを後にしたものだ。スーケルは1998年のWカップで優秀選手になり得点王にもなった。そしてあのチームはその大会で3位になっているのだ。 

抽選会から帰りの車中で、頭の中に響いていたあの質問に答えられる確信を持っていた。 そうだ、あの90年代後半のクロアチアこそ私は芽生えるのを見たし、悪夢にもなった。

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