ジーコの部屋

Memorias do Juventude ジュヴェントウーデでの記憶

このコラムではそう遠くない過去のことを話すことが多い。私のフラメンゴ時代のこと、イタリアへ行っている時のこと、そして日本での事など。しかしプロ選手になる前にも随分と色々な話の種があったのは当然のことだ。その殆どは自分が何よりもサッカーが好きだったこともあり、それに絡んだものだ。考えれば幼年時代の可笑らしい思い出で忘れる事無く生涯持ちつづけて行くものだ。大人になってからは当然同じようには行かない場面であるにもかかわらずだ。

生まれたキンチーノの通りでいつもペラーダ(ストリートサッカー)をしていた事を覚えている。ボールがいつもおもちゃ代わりになってゲームの中で転げまわり、まるである宗教の礼拝みたいな感じでサッカーをしていたものだ。私達は一日中他のことには目も呉れずに遊んだ。もう朝の7時ごろからゲームは始まり、午後5時ごろまで続いた。お昼時にランチを食べたらもうサッカーだ。母マチウデは気が気ではない。

私達の地区のチームはジュヴェントウーデと言った。だが、幾度かはいろいろな事情でゲームにならないことがあった。それで私はサッカーが出来なかったわけではない。父親の怒りすら敵わない、私からサッカーを取り上げる事は誰も出来なかった。私は何とかして他のチームに入ってサッカーをしたものだ。まるで狂人である。

多くの試合はジュヴェントウーデでプレーした。少し控えめに言ってもそれは強いチームだった。あるゲームでは8対0と言うスコアを出した。その場にいた見知らぬ青年が歓喜して我々が12点まで取ったら飲み物を提供すると言い出した。「みんな、いいかい君たちが12点取る事を見てみたいね。ちょっと難しいかもしれないけど、もっと言うと、それが出来たら一人に1本ずつ飲み物をあげよう。」と青年は挑戦してきた。

少年たちは全員やる気になった。お互いに目配せすると皆がまるでワールドカップの決勝のごとくゲームに集中した。誰もが疑問など持っていなかった。そして12点取ってしまい青年を困惑させた。それどころか止まらない結束をしたかのように我々は得点を続け、14,15,16、・・・19。残り2分になった時にはスコアが22対0になっていた。

「オイ、君たちはいったいどうなってんだ?僕は12点と言ったぞ。君達はもう勝ったよ!」青年は冗談を飛ばした。

冗談じゃないよ!!我々は更に2点取って一人につき1本じゃなくて2本ずつの飲み物を貰うことになった。しかし、この時はかなり汗を掻いた。だがあの挑戦を受けてモチベーションが上がった。してやったりの心地よさの味はいいね。そのモチベーションを今でも持ちつづけている。

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