ジーコの部屋

Louco por telefone 電話狂

3月3日私の誕生日と同じ日で、もう1世紀も以前の話。人類での偉大な発明をしたアレクサンダー・グラハム・ベルが生まれたのだ。現在の電話の基本になる音信通話を考えた人物でその発明は1876年の3月10日に記録された。

何も驚く事では無く私が狂った訳でもないのだ。今回のコラムはこのグラハム・ベルが知ったらとても喜ぶだろうと思う。残念ながらベルは1922年に没していて話の主役であるガウーショを知る事が出来ない。ガウーショは電話利用者、つまり発明の最大利用者なのである。現在では携帯電話である。きっとこの見知らぬブラジル人を誇りに思うであろう。

ガウーショはCFZ・ド・リオのチームでチャンピオンになったゴールキーパーだった。その後はそのチームのキーパートレーナーを何年か勤め、現在はアメリカに渡りサッカーの仕事を続けている。もちろん電話も片時も放さずにだ。ガウーショは極端な言い方をすると電話器と合体しているような感じなのである。世界中でもガウーショが電話で話をしていない姿を見かけるのはほとんどないだろう。

「又後で電話するよ。その時にゆっくり話そう・・・」

そう言った矢先、間も無く電話が鳴ってガウーショは又話し出す。

「よお、暫くだったね・・・」

いつもそうだった。携帯電話というものがまだ普及される前は、普通の電話でもこのような状態だったという伝説も残っている。そして彼は同時に3本の電話で会話が出来る能力を持っていた。耳は二つしか無いのに!耳を交互に使い分けて話すなんて人間技ではないね。

電話ばかりしていると女好きみたいに見られがちだが、なんと彼は家族持ちで大変真面目人間なのである。しかし、とにかく誰かと話をしているのだ。相手が男だろうが、女だろうがお構いなし。何か大変な事態で、解決しなければいけない事でもあるのだろうかと思うくらい、結構真顔で話していることが多い。私達は彼の電話料金を心配してしまう。彼はそんなに話していないと否定する。多くは相手から電話が来るのだと。

電話局のオペレーターたちは一人でも多くの顧客を獲得するのに必死である。ライバル会社の顧客を取ろうものならそのプレミアムは相当高くなるとか。しかしその話は本当かどうかわからない。

最近アトランタで息子のジュニオールと会った。そしてガウーショに電話をして会う事にした。私はカメラを手にして、ガウーショの現場を撮影する事にした。予想通りだった。横の写真の通りやはり彼は受話器を持って話していた。

「ジーコ、今のはたまたまだよ。ちょっと大事な話しをしていたんだ・・・」

ああそう。彼は英語で話していたね。ガウーショが今はアメリカに住んでいるのを忘れていたよ。国際的だね、グラハム・ベルの言葉で話すなんて・・・やっぱり凄い人物だ。

 

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