ジーコの部屋

Historias de Bria I  ブリアの逸話 その1

私はコラムを書く時、サッカーと言うのは数多くの事を思い出させてくれる大変豊かな土地のようであり疲れを感じないでいられる。スポーツ文学が良き本を提供する事に疲れを感じさせないのは偶然ではない。そんな事を考えている時、数人の個性派が同じようなことを繰り返している事に気が付く。うっかり屋の主役のせいか、あまりの単純さのせいか、それとも生き様そのままなのか。何れかに当てはまるかもしれない。

フラメンゴの下部組織に入った時、トップチームには偉大なボランチがいた。1942年、43年と44年の3年連勝に貢献したプレイヤー、それはパラグアイ人のモデスト・ブリアだ。彼は引退したあと指導者としてクラブに残ったが、現役の頃と同じ戦士であり、ピッチでは激を飛ばし厳しかった。ブリアは問答無用の塊みたいな人物で練習の中でもよく怒っていた。ゲンコツが物を言うくらいのところがあった。私自身結構辛い思いをした事がある。更衣室に入って着替えていた痩せこけてチビッコの私を見て、とてもサッカーが出来そうも無いと思っていた人物は、彼であり張本人である。しかし彼はその後当然その見解を変える事になるのだが。

こうしたブリアさんの話は少なくない。その話の中には私自身共存し目撃した事や誰かから聞いた事などがある。その中の一つを取り上げるだけで彼の厳しさを覗えるし、時には大げさにも見える。他の人物についてでも同じようなことを聞いたと思う。

ブリアさんはクラブに来る子供達を注意深く査定していた。多くの中からチームに入れられる良い選手を探し出すためだ。下部組織にプロの監督が見に来ることは一度しかチャンスを与えられないにしてもあの頃にしては良かった方だ。彼はなかなか上にあげてはくれなかった。それ以上にビックリした出来事は練習試合で未だ彼に見てもらう前に起きた事だ。

「私がモデスト・ブリアだ。フラメンゴの監督をしているが、今日は君達を見る事にした。誰か良いものを見せてくれればクラブに残れるかもしれない。その前にみんなと少し話をしたいが、始めは君だ。君の名前は何て言うんだ?」

ブリアはいつもの様にあまり信用しないような表情で聞いた。それほど気にもしていないような感じだ。この様な彼の挨拶に少年たちは怖そうにしているのが滑稽に思えた。ところが別の日に一人の少年が現れた。怖さ知らずの少年はブリアさんのマニュアル通りにせず、裏口から入ってきたものだ。

「僕の名前はペドロです。ブリアさん、みんなはペドリーニョと呼んでいます」

少年は自信を持って言った。

「わかった、ペドリーニョ。しかし君のその細い足で君はボールが蹴れるのかい?接触したら折れてしまうそうだね?」-と、ブリアが少年の自信を崩してしまうように言った。 

「はい、出来ます、ブリアさん」

「そうか、まあよかろう。ところで君はどのポジションが出来るのかな?」

ペドリーニョはその時とばかり自信たっぷりに言った・・・

「ああ、ブリアさん、僕にはそんなの無いです。サイドバックでも、デフェンダーでも、アタッカーでも出来る。ブリアさん、僕は11のポジションでも遊べるくらいですよ!」

「何だって、小僧?君は洋服に着替えてよろしい。練習もする必要は無い。何を考えているんだ?君は帰っていいよ」

驚いた少年は何が起きたのかも解らずに更衣室へ向かった。だが、振り向いて最後に質問をした。

「ブリアさん、すみません僕は何をしたのでしょうか?」

「あのなあ、君はもっと色んな事を知る必要がある。フラメンゴは真剣なクラブだ。遊ぶところじゃないんだ。10でも、11でも遊ぶなら他へ行くんだな!」

いやはや全く民族的純朴なるブリアさん・・・

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