ジーコの部屋

Historias de Bria II  ブリアの逸話 その2

前回はブリアの逸話その1を紹介した。今回はその2。モデスト・ブリア、ブリア・爺、40年代にウルグアイで活躍した。とても堅物でそのままフラメンゴの指導者になっても勢いは衰えず真剣そのものだった。彼自身の特有な性質を持ち偉大なる個性派である。

私がフラメンゴのジュベニールにいる頃、彼がどんな人物なのかを物語る出来事に巻き込まれてしまった事がある。ブリア爺は1972年に私の指導者となった。私がプロチームに入ってやり始めた頃だ。ジュベニールに平行してやりながらの時代だった。ジュベニールがリオ州選手権で大事な試合になると私をメンバーに入れたし、私自身も出たかった。チャンピオンになれるかもしれないチャンスだったからだ。ところが自分の思うようには行かないものだ。

1試合目はサンジャヌアーリオ・スタジアム(相手ホーム)でヴァスコに負けた。ヴァスコにはマザロッピ、ロベルト・ヂナミッチ、フマンチュとその他の上手な選手がいて2-0の敗北。我々のチームにもジェラウド、ホンジネーリ、ジャイメもいたし、ワンデルレイ・ルクセンブルゴ、その他プロに上がった上手な選手がいた。2試合目はマラカナンで行なわれ1-0で勝ち、最終的に決着はホームのガベアで行なわれる事になった。

私は全力を出した・・・いやほぼ全力を。しかし・・昼飯に悪い物を食べたのか、それに試合の緊張もあったのか、調子が悪かった。本調子でないままピッチに入った。ピッチの暑さがますます状況を悪化させた。吐き気を催し、ハーフタイムで交代をするように考えていた。

前半が終って試合は1-0で我々が勝っていたが、ブリア爺に相談した。

「ブリア爺、僕はどうももう駄目だ。誰かに代わって欲しい、吐き気もするし気持ちが悪い。」

彼は苛立ちを隠さず決定的に言った。

「何を言っているんだ。君はピッチから出られない。戻って試合をしろ」

「だけどブリア爺、それじゃ僕はチームの邪魔になるよ 」と口答えした。

彼は断言した。

「邪魔になどなるものか。じゃあこうしろ、前の方にいて立っているんだ。但し構えていろ、それでボールが君にこぼれるだろうからそれを決めるんだ」

私はピッチに戻ったが、試合はきつかった。ヴァスコはいつ同点するか解らず、そうなればタイトルは彼らの物になる。私は彼の言う通りにしていたが、それでもボールがこぼれて来たわけではない、結局私は何度もボールを取りに行き、その内にゴールを決める事が出来た。2-0でフラメンゴの勝利となりタイトルを取った。

ブリア爺はそんな人物だった。方法がある時には不可解ではあるが機能していたのだ・・・。

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