ジーコの部屋

Forca da Torcida トルシーダ(サポーター)の力

フラメンゴの強力なサポーターの話をこのコーナーでもした事がある。彼らの声は私の選手時代に刻まれた貴重な思い出でもあり12番目の選手が出場しているのと同様に心強いものだった。お陰で私はいつの時もこうした力と敵対する事を感じなくて良かった。選手の時はいつも赤黒が私の横にいた。他のチーム仲間の中には満員のマラカナンで始終煽られた我々を相手にする事がいかに困難であったかを告白する。今週は相手側の選手が感じていた事を少し話そうと思う。

80年代の我々にはフラメンゴが何か魔術的であって、色々なリズムが現れ、賛歌が生まれてサンバ・テーマ曲にもなりそれらがあの幾度もの制覇を成し遂げたチームと共に共鳴していた。“アー・私のメンゴン”などは我々をもっと走らせるもので、チームの心気を高ぶらせる歌だった。観客席から反響してくる声や音は我々の試合にリズムを与え同調もした。私達はこうしたダンスに酔いしれるほど幸せな気分だった。

誰もが私はベイジャ・フロール(リオのサンバ・クラブ名)ファンであると知っている。私が縁を結びクラブも縁を結んでくれた。しかし、1982年にリオの名門でもあるインペリオ・セハーノがサンバ・パレードにあの詩文的とも言われる特別なサンバ曲を持って行ったのだ。若い人でも聞いた事があると思う。何故なら今日までその曲は歌われているからだ。その詩は次のようなもの:“ブン・ブン・パチクンブン・プクルンドウン、これこそ我らのサンバだ、皆聞いたか、イッソ・アイ!”これはベット・セン・ブラッソとアルイジオ・マッッシャードが作った歌である。

あの年はとても逆転勝利が多い年だった。何度も不利な立場に立つのだが結局最後には力を合わせて、ブンブン・バチクンブン・・・サポーターが唄うこのリズムと共に逆転して行った。思い出すのはアウェイで試合をする時でも必ず誰かが観客席でリードを取っていた。それよりあの歌は発表された時点から大衆に受けて当のインペリオ・セハーノが実際にあの年、パレード・チャンピオンになる前から流行っていたのが本当の話だ。それは82年のカーニバルの事。

面白い出来事は選手権の試合が続く中で強い相手を逆転した時に起きた。我々に又もや逆転で負けた相手チームの仲間が私に近寄り、訴えるような感じで愚痴をこぼした。

「ジーコ、これじゃあ勝てっこないよ。君らのチームは強すぎるけど、でもこれじゃあ駄目だよ!!」

私は彼の言う事に少し不快に思った。レフェリーが変なジャッジでも取っていたのかとまで考えてみた。しかし試合中、決してその様な原因になる局面は出ていない。一息入れて疲れきったようなその仲間はその疑問を解くように説明した。

「君達は世界選手権も取った。確かに強いチームだ・・それにも増してあのサポーターだ。君らがボールを持てば火が付いたようにブンブンのサンバが始まって、あれではミイラでも眼を覚ますぐらいだよ。あの叫びはたまらないね・・・それに対して我々のレゲエはなんだ、全く歯が立たんよ、君らは試合するのに簡単で、簡単で、・・これだったら他のチームを相手にしたほうがいいよ。これじゃあ駄目だ!!」 

私は堪えきれず笑ってしまった。彼も苦笑いをしていた。フラメンゴのトルシーダはいつも困難な試合時に不可欠だった。

>一覧へもどる