ジーコの部屋

De pai para filho 親から息子へ

サッカーでは、他の団体スポーツ同様に、グループ行動がいかに機能性に繋がることかがの重要です。現在でも、個人でプレーが達成出来るという、間違った考えの持主が存在するようです。しかし、実際に必要とされる事は、個々が役割を果たすことなのです。そして、フラメンゴ史上主なるタイトルを獲得した1978年から1981年に於いての期間に、特別なタイプの選手が一人チームに存在しました。

私はこのコラムで幾度となく、フラメンゴは真の家族であり、まるで調理に必要な全てのスパイスが揃った厨房のような存在だったと伝えています。私達は冗談を言い、ふざけ合いながら…、みんなでいたずらをしあったものです。勿論、後に永遠の友となり、近い存在のチームメイトもおりました。でも、仲違いもありました。これが当然の流れだと言えるでしょう。しかし、全員が日々の練習や遠征を共にし、共存を余儀なくされる集団であり、まるで一軒の大家族のようでした。

一般的にディフェンダーの選手は、ミッドフィルダーやフォワードの選手よりも体格的に優れております。そして、彼達が「シェリフ(保安官)」と言われる存在なのです。トラブル発生時には、必ずディフェンダーが突如と現場に出現することにお気付きでしょう。我らがチームメイトのマンギートが正にこの役でした。長身でひょろ長い黒人選手の彼は、レギュラー選手ではありませんでしたが、出場した時には乱暴な敵に対しての特別なあしらい術を心得ていました。私達の痛みを彼が身代わりとなって受けてくれていました! とても滑稽な情景でありながら、敵はきっと理解に苦しんだことでしょう。そして彼は、偽り無く私と同じ1953年生まれでありながら、何故か私のことを「パパイ(父さん)」と呼んでいました。

それは、私への尊重に対する愛情表現であったようですが、多いに楽しませてもくれました。彼のその行動は、自然の法則とは逆で、ピッチ上ではまるで親を守る息子のように振舞っていたのです。試合開始早々に私がラフプレーされると、素早く彼が寄って来ます。冷静沈着且つエネルギッシュな声で:

「パパイ(父さん)、彼らに今後一切無礼なことはさせないから、安心していいよ。」

この一言が全てを物語っていました。試合は続行され、マンギートは「パパイ(父さん)に失礼は許されないのだ」と、敵との競り合いでしっかりと警告をしたのです。危険なプレーや選手が存在し、敵の行動に対して抵抗感を覚えた回数は決して少なくありません。でも、1978年から1981年の期間には、私がピッチ上で危険に曝されるとマンギートが登場してくれていました…。

「パパイ(父さん)、私に任せて。彼らは自分が面倒見るから!」

勿論、誰しもラフプレーに賛成などしていませんでした。但し、試合展開で苦しい場面に敵が乱暴な手段に訴えると、そこにはマンギートが救世主ごとく立ちはだかっていました。偉大な人物であり、私を数々の痛ましいプレーから回避してくれた彼に対し、ここに敬意を捧げます…。

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