ジーコの部屋

Beijo das arabias アラブでの接吻

1980年度ブラジル選手権の決勝戦まであと1週間。対アトレチコ・ミネイロ戦なのに、その時の私はひどい筋肉痛を起こしていた。それは決勝戦に出られない可能性を持つ程だった。私はこの大切な試合から外れるなど絶対在り得ないと考えていた。それはリベルタドーレスと戦い東京への道に繋がっているものだった。目標は大きかった。どんなことがあっても試合に出たかった。そしてチームドクターが私に与えた治療法は1日中安静にする事だった。

結果は3―2で勝利し私は試合に出て1ゴールを挙げた。この日のマラカナンには16万人もの観衆が詰めかけ、その目の前で勝利した。

この試合に間に合うように治療をして回復するために必要な人物は、このコーナーではもう知られている人物である。そう、セルジーニョが必要だった。彼については幾度か前のコラムで、いつも食事時間に合わせてやって来る話をしたことがある。それと私には他の選手とは別で、いつも特別な治療をしていたと言う伝説的な話もした。

さて、その80年の試合前日に戻って、そのセルジーニョは数日間私に付きっきりで、静養するための全ての事を手伝っていた。筋肉に力が入らないように一日寝ているばかりなのだが。セルジーニョはそれでもそばから離れずにいた。自分と一緒にいる事で彼も知られるようになり国際的にもなった。

ある日、あのオイルダラー時代にアラブ人が金に物を言わせてブラジルへ選手を探しに来ていた。なぜか我々のセルジーニョがひょんな事で中東へ行ってしまった。セルジーニョはアラブの偉大な二枚目役者に対し、マッサーの腕を駆使して随分アルバイトをして稼いでいた。セルジーニョはブラジルに戻ってから私にそんな話をした。ついでに他の人にも言いふらしていた。

「ジーコ、あっちでは金持ちがお金を山のように持っているんだ。彼らはお札を破るのも平気な訳さ。それでたまには怪しい奴もいるわけよ。それが彼らの習慣なのかは知りもしなかったけどさ。彼らは近寄って来てやたらと接吻するわけ。それって怪しいよな?」 

私は彼に、そうだな、まあやっていること自体普通じゃないよね。でも続けなよ。その内にでかい爆弾が飛んでくるから、と言ってやった。爆弾は来たね。

「その通りだ、ジーコ。君は解るよなあ。おいらはちゃんとした男だ。それは皆が知っている。だけどあっちでのお金儲けは簡単よ。それで、うまいことを考えてアルバイトをした。頬っぺたへの接吻は100ドル、口にだったら500ドル・・・・・。だけど、その辺で止めといたよ。」

私は彼がアラブで作ったアルバイトを知って可笑しくて笑ってしまった。少なくともセルジーニョはとても創造力豊かだったのは確かだ。実際彼は金持ち達に接吻サービスをして一抱えのお金を持って帰ってきた。

私はセルジーニョには特別の気持ちを持っている。マッサーとして私と共に色々な出来事を体験し,私を蘇らせてくれたから、いつも思い返さずにはいられない。だが、このアラブでの何々は堪えられないね。これだけは私でもピッチから放り出すよ・・・。


>一覧へもどる