ジーコの部屋

Ai e covardia それは無いよ

ある時、私自身のサッカーを通じての経歴を考えた。実際にサッカーを職業とした事で、ある意味それは日々のやらなければいけない仕事となったが、仕事だからやってきた訳では決して無かったことに気付いた。常に練習を重ね責任を持って試合をしていた。それ以上にサッカーの中でいつも抱いていた感情がやる気を起こし困難を乗り越える糧となっていた。

私がここで論争を起こそうとしているのではない。むしろ反対である。自分がサッカーに一番ロマンを感じていた時期に選手達で一時代を築いたのは何を差し置いても誰もがスポーツを愛する気持ちがあったからこそと感じているのである。そして今でもサッカーをしたいという気持ちが生き続けている。その力を与えてくれるのはマスターズと言うチームなのだ。今回はこのチームの話をしてみたい。

多くの人は知っているかもしれない。現在まであの時代のフラメンゴのチームの選手の多くが集まりサッカーをし昔話をする。フラメンゴのマスターズは海外にまでも遠征に行くこともあった。私は今日本にいるが、まだチームは健在しているのを知っているし、時折入れてもらう。アジーリオ、アンドラーデ、ジュニオル達が今年の暮れにも間違いなく集まるであろう。サッカーで知ったこのような偉大な友達と行き会える事はいつも大変な喜びでもある。

しかし友人であっても、ピッチの中では昔ながらのライバルが存在しているのは避けられないものである。例えばロベルト・デナミッチ。彼はいつもフラメンゴとライバル意識を燃やしていたヴァスコでプレーしていた。ひょっとすると一番のライバルかもしれない。もう一人敬意を払って友人でもあるリベリーノがいる。彼はコリンチアンス、そしてセレソンの名選手で、フルミネンセでも活躍した。1970年のワールドカップ3度目のチャンピオンの時の選手でもある。彼とは何度も対戦した事がある。だが、あるときにマスターズでも戦ったことがある。

丁度ゼー・ロベルトの引退記念も兼ねたイベントでの試合だった。彼は1976年にフラメンゴで左ウイングの選手でフルミネンセの下部組織から出てきた。トレース・リオスと言う街で試合が行なわれた。私は片方のチームに呼ばれ、もう一方にはリベリーノが入った。問題は、彼はチームの内容を知っていたが、私は何も知らなかったことだ。彼は私より早く現地に着いてチームを知っていた。それは元選手を混ぜたエントレリエンセと言う地元のチームだった。まあいつものことだ。彼は自分のチームに凄い元選手が入ると聞いていてうきうきしていた。

彼はグラウンドで先にチームとバスで着いて私を待ち受けていた。試合を面白くしようと何か賭け事でもしたくて堪らなかった様だ。だが、’彼は私のチームには誰がいるのかを知らずにいた。バスから降りようとするところへ彼が近寄って来て言った;

「どうだいジーコ、大負けの準備はいかがかな?」 と冗談を飛ばす。

私はリベリーノと対戦する事も知っていなかったので、彼の言った意味が良く解らなかった。実際相手にどんなチームを用意したのか誰も知らなかった。私は不審に思った。何故なら私のチームは強かったから・・・そう思いながらバスを降りる私の後から続いて降りてきたのは;ジュニオル、クラウジオ・アダン、ヌーネス、アジーリオ、アンドラーデ、エジーニョ、ニエルセン、レアンドロ、レイナウド、マンギット、セ・カルロス達である。つまりフラメンゴのマスターズみたいなものだ。リベリーノはいきなり黙り込み、顔面蒼白、しかし言葉を放った。

「ええっ!!そりゃ無いよ。これが俺と対戦する相手?俺は君達のチームに入りたい、シャツを一枚貸してくれ俺はそっちに入るよ!!」

勿論彼のチームには容赦無く攻撃した。リベリーノは前半しかプレーせず我々は6―0としていた。ハーフタイムで、息切れしている彼の近くへ寄りバスを降りた時に白紙にしておいた返事をしてやった。

「リベリーノ、私はまだぴんぴんだよ。君が大負けするぞと注意をしてくれたお陰でね!」

二人は大笑いに落ちた。だが、リベリーノはこの試合を組んだやり方に対してクレームを言った。彼をそんな弱いチームに入れたのは確かに考え物だ。誰だって大負けなんてしたくはないよね?そうだろう?

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