ジーコの部屋

A revanche 仕返し

もう随分前の事。私が日本のサッカー界に入って一年目の時の事を話したと思う。鹿島アントラーズの前身、住友金属に所属し固い地面でサッカーをやっていた頃のことだ。当時の東京ガス(現FC東京)にいたブレッサン(ぺぺ)を含めたブラジル人たちを巻き込んだ冗談話しをした。私はフリーキックと言う武器を持っていた話だ。

そこでブレッサンにまたこのコーナーに登場してもらう事にした。最近になって彼がサイトにコンタクトをしてきて、あの当時東京ガス(現FC東京)チームと二度対戦したことを思い出したと言ってきた。一度目の試合では、私の得点で1-0で勝った。相手のフロントは800人くらい入れる観覧席を作り試合を行った。そこまでは良い。問題は彼らが用意した私達のチーム用の更衣室だった。実際には“用意した”とは言えないね。何故なら床に畳がやたらと敷き詰められた何もない部屋だったからね。イスがひとつも無くて更衣室ではなかったよ!! 

そしてピッチに入った。相手チームと全く同じドアから。何しろ“更衣室”は入り口が一つしかなく、それが出口にもなっていたからだ!私はその待遇に激怒したね。ブレッサンに言いに行った。 

「オイ、ブレッサン。私達になんとも酷い更衣室を用意してくれたね!」

ブレッサンはいつもの口調で言い訳をした。チームはアマチュアだし、設備も整っていないとか、選手たちも働きながらやっているとか、最後には東京ガスは3部リーグくらいの対応しか出来ないなどと言った。はっきり言ってそんな事は受け入れず私は怒って彼に言った。

「よし、鹿島では君達に仕返しをやるよ。このままでは終わらせないぜ!!」 

更衣室は畳でも、この日の試合には勝った。そして次の鹿島での試合にあの約束を果たした。1992年の私達のホームでの試合。彼らへ特別更衣室を用意した。しかし実際にはブレッサンも東京ガスのメンバーも誰もそれに気付かなかった。それは試合前夜に強い地震が日本を襲い、鹿島でも震度6.8を記録し、みんなを驚かせた。

スタジアムでブレッサンと会い、地震のことをお互いに心配し合った。私自身大変な驚きだった。あの頃の私には、地震などまだ真新しい事だったからだ。私の父親がいくら怒ってもキンチーノはあまそこまで揺れない。正直あの地震の感覚は怖さを感じさせるものだった。しかしブレッサンはその雰囲気を壊すように、あのアウェイの試合での更衣室話をチャラにするような事を言った。 

「ジーコ、君は仕返しをしてやると言っていたね。本当に凄い仕返しだよ!ホテルを揺らして、私達を眠らせないようにしたんだからね!!」 

この話しが大笑いで終わったのは言うまでも無い。その日の試合も、住友(現鹿島)の勝利で私の2得点も含めて3―0と言う結果だった。

偉大なブレッサン。面白い話を思い出させてくれてこのコーナーでの1ページにも残すことが出来た

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