ジーコの部屋

Ritual do Zaire ザイールの儀式

オーストラリアやニュージーランドの原住民出身のスポーツマン達が競技の前に相手に対して踊ったり奇声を上げたりする事がある。2000年のシドニーオリンピックでもそれをやってのけ、世界を驚かせたものだ。彼等の目的はそうする事で競争に勝つ力を呼び起こすらしい。これがアフリカへ行くと儀式は違ったものになる。地元の宗教的信者の中にはブードウー教を崇拝する人形やら、魔術師やらお呪い師みたいなのが列をなす。サッカーには結構宗教的な習慣が反映しているが、そこでも変りは無かった。

そこでたった一度だけサッカーの世界で違った儀式を体験した事がある。1974年にフラメンゴが海外遠征をした時だ。ギリシャを始めサウジアラビア、クエートにザイールと遠征した。私はもうザイールでの出来事で“予言者ダダー”について話した事がある。それはザイールの代表がドイツのW杯に向けて行なった2度の準備試合での事だった。私達はそこでとんでもないレフェリーに我慢しなければならなかった。それ以外にもジョウベール監督が私を試合に出してくれた事がきっかけで以後フラメンゴの主力選手になれたりした。いろいろな事が起きた忘れられない遠征だった。     

そのザイール ( 現在はコンゴ共和国 ) との試合で今まで経験のない事が起きた。ブラジルとアフリカの文化の違いを感じさせる珍しいことだった。試合が始まる直前の事。私達は“猛獣”ジェラウド、パウリーニョ・カリオッカ、ジャイメ・デ・アウメイダ、ゼ・マリオ、パウロ・セザール・リマにダダー・マラビーリャ、が揃ったチームだった。相手チームは何ヶ月か後にW杯を闘う選手達がベースになっていた。            

1試合目、更衣室で着替えジョウベール監督の話を聞く。いつもと同じだ。ピッチに入りいつものサポーターへの挨拶をする。そこにサッカーや他のスポーツでもやる一つの儀式が存在する;選手達は手を繋ぎ、一列になって両手を挙げてサポーターに挨拶をする。これはブラジルのチームが殆どする事だ。ザイールは私達の直ぐ後にピッチの芝を踏んで入って来たが、そこで私達は驚かされた。アフリカのチームは補欠を含めて全員と指導部も一緒になって私達に向かって来ると私達がまだサポーターに挨拶しているのに回りを輪になって取り囲んでしまった。

彼等は同じ場所で飛び跳ねては奇声を上げて意味不明な事を言っていた。何秒かの時間だった。あの民族的なセレモニーの前で私達は身動き出来ずに驚いてしまった。見た事が無かった!関係者に聞いてみたらあれは試合などの前に行なって運を呼ぶ儀式だとか。もしあのダンスを踊らなければ闘いに負けるそうだ。それに彼らにレフェリーも手助けしたので負けることは無かった。試合は4対4で引き分けて勝ちもしなければ負けることもなかったわけだ。     

試合が終わってホテルではあのザイール人の奇怪な儀式の事が話題になっていた。何が起きていたのか皆怪訝な顔をしていた。だが、次の2試合目も日曜日に予定されていて、再びあの儀式だかダンスだかを見られる機会が待っていた。誰が言い出したかは忘れたが、そのザイールに対して私達もひとつ泡を吹かせてやろうというアイデアが出た。皆賛成して頭を寄せあった。話を合わせて次の日曜日を待った。  

2試合目がやって来て、私達が先にピッチに入った。前の試合と同じようにサポーターに挨拶をしようという所へザイールのチームが入って来て私達の方向へ向かって来た。その時私達は約束した通り全員がピッチいっぱいに散らばった。サポーターへの挨拶をせず、それぞれが何食わぬ顔でアップを始めた。その様子は可笑しかった。アフリカ人達はどうする事も出来ず右往左往しているではないか。散らばって走り回っている私達を取り囲む事が出来ず頭を掻いていた。私達はそれを横目で見ながら必死で笑いを堪えていた。(フフフフフ・・・)   

儀式があってもなくても試合は始まりまたまた引き分けに終わった。その時は3対3だった。彼等は私達の行動を納得出来ずにいたと思う。何故なら私達は恒例の挨拶と言う“儀式”を放棄したからだ。そんなこんなでまた一つ話しの種を持って家に帰ることになった。    

 


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