ジーコの部屋

003 - O baixinho careca era russo! 髪の薄いチビはロシア人だった・・・

彼の第一印象はちょうど草サッカーの選手みたいな感じで、髪が薄く何とも言えない感じで、もっとよく見たら腹も出っ張ってたかも知れないくらいとてもまともな選手には見えなかった。
とにかくこんな風に彼はティビリス・ディモナのユニフォームを着てピッチに入って来た。そう、俺達と戦う為にね。1980年8月30日だった。因にこのチームは旧ソビエトのチームだ。彼の名はキピアニと言ったがそれを知ったのはゲームが終わった後だったんだ。
最初はこの名を二度と忘れられなくなるなんて思ってもみなかった。このゲームは当初スペインのカディスで行なわれた。ラモン・デ・カランザ杯の1ゲームでレアル・ベティス、地元のチームのカディスとフラメンゴの間で争われた。フラメンゴは前回もチャンピオンだった為にどのチームも連覇はさせまいと必死だった。まず、パウロ・セザール・カルペジアニが俺に彼の事を言って来た。独特のちょっとなまりのある辛口の口調でね。

“おいガーロ 今日は楽勝だぜ。あの中盤の奴見てみろよ。ハゲだぜ。それにあの格好、なんて奴だ”

俺はニヤッと笑っただけで何も言わなかった。彼の事は何も知らなかったしロシア人はロシア人なんだろうけど、ほらよく言うだろう。何事も用心にこしたことはな
いって。そしてそれは現実となってしまった。ゲームが始まりあいつがボール触ったとたんに好きな事をやり出した。中盤を完全に支配していた。もうすごかったよ。
股抜きはするは、頭越しにボールをかますは、キーパーと一対一の局面を何度もつくられた。当時のキーパーはラウルで今はヘッドコーチをしている。もう地獄絵そのものっていう状況だった。
ハーフタイムにやっとひと息つけたって感じ。なつかしい当時の監督クラウヂオ・コウチーニョはもういらいらの頂点。あの毒舌のカルペジアニも無言だった。とにかく気を取り直して後半はうちが猛攻撃に出て何とか彼の勢いを消す事が出来たけど。後で知った事だけど彼は当時のソビエトのスーパースターでベテランとの事だった。どうりでプレーが一味も二味も違ってた訳。

ゲームは2-2の引き分けで自分は一点どまり。結局PK戦で勝ちレアル・ベティスとの決勝に進んだ。最後は2-1で勝って連覇となりトロフィーを再びガヴェア持って来る事に成功したんだ。でもゲーム前は気にもとめなかったキピアニの件は絶対に忘れるられない出来事だったよ。でかい選手がチビのうまくなさそうな選手をなめてかかって最後はボコボコにされるよくあるストーリーの二の舞になる所だった。本当にあの小さい選手は凄かった。

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