ジーコの日記

2006年3月29日(水曜日)

やあ。日本はあと少しでピッチに入る。その前に大分などでの写真を持ってきたので載せよう。

まず、先日のマドレイラのユニホームを着ているミステリーについて話そう。1990年にエキシビジョンゲームがあってそれに参加した時のもの。私の3人の兄、ナンド、ゼッカとエドウーがマドレイラのベテランチームに入った。スツットガルトのベテランチームが来ていたのだが、マドレイラと話し合い私を入れる事にした。それで私がマドレイラのユニホームを着ることになったわけ。試合は我々が4対2で勝ったけど、状況はナンドが付け加えます。

“あれはフラメンゴとボタフォゴの試合の前座試合だった。マラカナンは観客で満員だったね、ジーコが引退した後であれほどになったのは今日まで無いと思う。8万5千人のお客さんが入っていた。我々が勝ったけど、ジーコが見事なゴールを決めて観衆は酔いしれていたね。私が2得点して2-0の時だった。本番より前座試合の人気が高かったのは恐らく初めての事ではないかな。” とナンド。

と言うわけでミステリーは終わり。では大分の写真などを。

我々のカメラマンが撮った芸術的なアングルから

いつも言うようにエドウーはスクールを開いた。アツコがやって来たぞ。

彼女が口を塞がれたアーチストの現場を押さえる

試合の行われた大分のスタジアム。

これは練習からホテルへ帰る途中で、私が綺麗だと思って撮った写真。太陽がリオの方向へ沈んで行く。

最後に・・テレビグローボが我々に付き添っているが、中国から回ってきたレポーターのソニア・ブリッジと夫のカメラマンレポーター、パウロ・ゼロとインタビューをした。彼らが写真を提供してくれました。

ソニアと。

パウロ ゼロと

ではまた!

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