ジーコの日記

2003年9月13日(土曜日)

まずは代表が負けてしまった後に皆からもらった励まし、本当に有難う。マウリシオ、君のフラメンゴに対するコメントを読んだ。同件に関しては多くの人々が期待してくれている。しかしそれが現実可能となるのは少なくとも2006年以降になると思う。というのは、日本代表は絶対にドイツに行くからね。しかし、監督の仕事というのは本当にやっかいだね。フラメンゴに関してだけれどとにかく全力でチームをサポートして年内に行なわれる会長選挙を注意深く見守ろう。この写真は新潟で行なわれたセネガル戦の前のトレーニングで撮ったもの。日本代表の現場スタッフです。左からPTのリカルド、フィジカルコーチの里内、キーパーコーチのカンタレリと私。前列左は通訳の鈴木と実兄で私の補佐をしてくれているエドゥー。


2003年9月8日(月曜日)

代々木公園
まず最初にこのサイトを手伝ってくれているブルーノ・ネヴェスとルイス・クラウジオに対するコメントと称賛。とても感謝しています。近いうちに前のコメントに対する回答を出すことを約束します。前に東京の自宅の近くの代々木公園でウォーキングをしていると書いたけど、今日は公園についてもう少し詳しく説明しよう。全体のエリアの大きさは、540529平米でこれは約65の正式サッカーグランドの大きさに匹敵する。とてつもなく大きな公園だ。1万6千本の大きな木、9万2千本の低い木でおおわれた緑の多いところで20万平米の芝面積だ。春には日本の有名な桜でおおわれて大変きれいである。夏にはイチゴの花、秋にはバラ、冬には梅と素晴しい色彩である。これらの木は個人又は企業が献木していてその名が木の横にプレートで示されている。





代々木という地区は東京の三カ所の(人気スポット)に挟まれる場所に位置している。その3名所とは渋谷、原宿、新宿である。この地区には現ブラジル大使館大使のMr、カナグラヴァ氏の公邸もあり(ちなみに数度私は公邸に招かれ有難い事に表彰された事もある)この金曜日にウォーキングした時は彼とばったりと会ったんだ。まぁ写真でも見ながら読んでほしい。 同公園にはジョギング用のトラックと2つのサイクル・ロードがあって、1つは6歳までの子供用である。





又演劇用のリハーサルスペースもあり多目的に使用される。カップルが多く楽器を練習する人々、芝でリラックスしたり、ピクニックを楽しむ人々・・・



又小さなゴールで草サッカーを楽しんだりと多種多様である。



絵を画く人々も多く見かける。学校行事にも利用され、体操したり遠足とたくさんの子供達がスペースを楽しんでいる。又公園の横には大きな体育館がありバレーボールの国際トーナメント(ワールドカップ等)が開かれ私もいくどか見に行っている。

写真はウォーキング、ジョギングをトライしている私。



しかしながら全てが喜び又はポエムという訳にはいかない。下の写真でも見られると思うが50歳を過ぎた年齢の人々が失業してホームレスとなってごらんの様にベンチで寝入る姿が多く見られる。その中の何人かは誰の力もかりずに生きているという自負があり自分でバラックを建てて住んでいる。多くのバラックはビニール製で中には生活必需品全てがそろっている。(写真を撮るのを忘れた)公園内の一部にこれらの人々であふれさながらキャンピング場の様に見える。そういった意味では代々木公園は全てが存在するといえるだろう。

これからも少しずつ私は日課となっている場所や興味深い場所の説明もしていく事にしよう。今日は楽しんでもらえたかな。午後、代表の練習があるのでこの辺で失礼する。


やぁ、今 新潟のホテルに居る。今週水曜日に代表がセネガルと対戦する為に合宿している所である。前に私の通訳の鈴木に関してエピソードを紹介すると約束したので今回、少しの間読んでほしい。

鈴木とは私が最初に来日した時からの付き合いである。鹿島アトラーズで9年(最初はプレーイングコーチ、後に役員として)一緒に働いた。鈴木は私がまだフラメンゴの現役だった頃、一年間ブラジルに住んだ経験がある。当時鈴木ははサン・クリストヴァン地区に居て、まだポルトガル語もままならぬ頃1人でマラカナンへフラメンゴのゲームをみに出掛けた。日本人でもフラメンギスタ(フラメンゴ・ファン)で私のファンでもあった。との事だ。そのゲームはフラメンゴ対ヴァスコのライバル同士の対戦でこともあろうに鈴木はフラメンゴの10番のシャツを着て何とヴァスコのサポーター席へ入り込んでしまったとの事。鈴木に言わせれば確かにからかわれてそっちの席へと指示されたとの事だが想像して見てほしい。これはまぎれもない実話である。そのサポーター席に赤黒のシャツを着込んだ日本人に対しヴァスコサポーターは声をからして罵声をあびせる。まぁ外人という事で命からがら逃げ出せた訳で本当に良かったよ。しかし、身を持ってブラジルのサポーター事情を経験したという訳だ。

もう一つの話は最近の出来事なのだが鈴木は通訳として常に私の横にいて私の言う事を訳しているのだが、韓国で行われた、対韓国代表とのゲーム前の記者会見で(このゲームは4月16日に行なわれ日本が1対0の勝利)私はメンバーの名前を日本語ではっきり述べた。それが終わった時点で鈴木も自動的にその名前を訳し(?)始めた。そこで鈴木、オレの日本語は名前もろくに言えないレベルなのかと冗談で言ったら彼はつい癖で、と二人で大笑いしたものだ。

彼はそのブラジルサッカーへの興味を自分達との日々のコンタクトで現在は"人工的ブラジル人"としてほとんど外国人訛りもなくポルトガル語を話している。じゃ、また。

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