ジーコギャラリーへ訪問した学校の生徒達がジーコと面会
[2009.07.02]
ジーコギャラリーはすでに今年3月14日のリニューアル以来、市町村ネットワークの20の公立・市立学校の訪問を受けている。ピエダデ区に位置するEducandário da Santa Cruz市立学校の生徒達、教師達とコーディネーターにとってもこのギャラリーへの訪問は記憶に残る日になりました。
彼らはリオのCFZ創設者と名誉会長であるアルトゥール・アントゥネス・コインブラ・ジーコにリニューアル後はじめて直接会った学校となりました。子供達は大喜びでした。他の学校と同様に通常の見学のみとなるはずだった訪問が、サイン、写真やガリーニョとの楽しい会話による特別な午後となりました。
学校の教育コーディネーターアリネ・フィゲイレドは、出会いは偶然であったと明かしました。
「我々の訪問は3回キャンセルになりました。偶然にも、今回の日程はジーコがリオにいる日と一致しました。ジーコに出会えたことは素晴らしかったです。彼の歴史を確認し、これまでジーコが獲得したものは偶然ではなかったという事を子供達に見せてあげたいです」と語った。
ジーコギャラリープロジェクトでは、10~12歳までの学生達が通っている市内の学校に対して、展示会だけではなく、ヘクレイオ・ドス・バンデイランテス区にあるサッカーセンターも見学する事ができます。このプロジェクトのコーディネーターは、スポーツ複合施設で訪問客を案内する担当者でもある、「マルコン」として知られている、マルコ・セルケイラです。
この訪問はアントゥーネス・スタジアムの観覧席からスタートし、それから会議室でサッカーセンターの様子とジーコからの歓迎ビデオが表示されます。そして子供たちはフラメンゴの歴史において最大のアイドルまでなった道のりのわかる写真、記事やビデオのジーコギャラリー展示へと進みます。他には経歴に沿ってガリーニョが獲得したトロフィーも若干展示されています。
学校訪問の最も感動的な瞬間のうちの1つは終了にあると、マルコンが語った。
「子供たちは、クラブでの散歩の間は非常に楽しんで行く、しかし、訪問の終わりに学校の名前がアントゥーネス・スタジアムのスコアボードで表示されるとき、彼らには思いもかけないことです。感動して涙を流した先生や校長もいました」と振り返りました。
各学期の終わりには、委員会メンバーがギャラリー訪問に関して最高の作品を作った学生を選びます。最高の作品賞には1人同行者を連れて2名でアメリカに行けるディズニーへの旅券とテーマパークのチケットです。費用の全てがプロジェクトの考案者ジーコによって支払われます。ジーコは、対象となったサッカーセンターの施設を訪問する学校の選択はどのように行われたか説明しました。
「私が電車で学校に通っていた頃のその道程によって、即ちキンチーノからセントラル・ド・ブラジルまで位置する公立学校を選びました。私が学生であった時、思い出に残っている2つの訪問がありました。それはKibon(*アイスクリーム会社)の工場とCoca-Colaの工場への見学でした。我々はサッカーを教えて常に恵まれない子供たちを対象として働いてきました。今回私は送り迎えやランチを提供する訪問プロジェクトを展開することに決定しました。我々がクラブで行っている仕事以外にも、サッカーセンターでの仕事を見せる為です。私は子供たちに喜びを与える事ができて嬉しいです」と述べた。
学校からの訪問の1日後、フラメンゴの永遠の背番号10であるジーコは市立教育事務局( SME )の代表者、ジーコギャラリープロジェクトに参加している市立学校の校長や教師たちとミーティングを行いました。キンチーノのガリーニョはなぜこれらのプロとミーティングを行ったか説明しました。
「私は、彼らが我々のプロジェクトに与えている全ての愛情と支持に対して感謝するためにこのミーティングを行いました。校長と教師がによって子供たちにこのような機会が与えられるからです。」
フラメンゴファンで体育学の先生であるエドゥアルド・ロドリゲスはアイドル・ジーコとの初めて会って感動していました。
「私は、子供の頃からこの日を夢に見てきました。サイン入りTシャツは額に入れます。そして、私と妻がジーコと一緒に撮った写真は実物サイズのポスターを作って、家のテラスに掛けておきます。ジーコは選手の手本だではなく、市民の手本でもあります。私はガリーニョに関する否定的なニュースを決して聞いた事がないです」と語った。
SMEの管理及び統治アシスタントのルシンダ・ファリアにとってジーコとの再会は永遠に記憶に残るでしょう。
「私はキンチーノに住んでいたので、ジーコがルシンダ・バルボサ通りで成長するのを見た世代です。彼にも直接言いましたが、これだけ勝者である人が昔から全然かわっていないことに感心しました:明るくて、家族思いで、故郷を忘れていません。私はフラメンゴファンではありませんが、ジーコを非常に誇りに思います」と、述べた。




