ジーコの主張

人生最高のカーニバル

[2014.03.12]
Quintino区のBernardo Guimarães 通りからPontal 通りまで、Juventude団体でのカーニバルは子供の頃から常に特別なパーティーだった。当時の自分を含めアントゥネス一家は友人に囲まれて一緒に遊んでいたころの思い出は最高だ。 70年代以降、サンバ学校の存在は私の人生の中でより強くなった。そしてBeija-Florへの愛情が生まれた。カーニバルの時期に仕事に余裕があった時は、常にBeija-Florに行ってた。今年はImperatriz Leopoldinenseによって自分の歴史がサンバ大通りで表現された。自分は本当に恵まれた者だ。今回は自分がこれらの日々に経験した感動や喜びについて語り、この瞬間に参加した多くの人々にお礼を伝えたいと思う。結局のところ、サポーターがハッピーバースデーを歌いながら、私はサンバ会場の大通りで61歳を迎えた。素晴らしい経験だった!
十数年にわたり、たびたび、いくつかのサンバグループの学校が自分に対して大通りでの敬意を表す提案をしてきた。ある時には、私にはまだ歴史が足りなかったと確信していた。またある時は、そのプロジェクトをチェックする時間がないだろうと感じていた。常にこれらのことは適切なタイミングで我々の人生の中で起こると信じていた。
今回のImperatrizの場合はまさにそうだった。最初の接触は息子チアゴを通してきた。その後、もしLuizinho Drumond会長が私の人生はサンバのテーマにふさわしくならないだろうと思ったならばその決定は尊重しようとした。私はサンバ大通りで参加経験重ねており、しばしば「サッカーをテーマにする事は困難であり、カーニバル審査員を喜ばせるには難しい」との伝説を常に聞いていた。
しかし、今回は違った。それら全ての障壁を破り、私の話​​は学校とメンバー全員の支援を受けてサンバ広場に登場した。学校のメンバーによって受け入れられたテーマの選択は、YouTubeの動画や家族による報告によって私が知ったことなので、日頃海外での仕事が多い中で、最終段階でCahe Rodriguesの作業を近くで見れるように私がここブラジルにいることは運命のお陰だ。
Imperatrizのパレードは非常に綺麗だったし、うまく伝えればサッカー話は尊敬を受けることを示すことができた。テーマはすべての審査員から10点を与えられた。美しい山車、豪華な衣装で、サンバがスタンドを盛り上げた。いくつかの小さなミスがevolução(進歩)、conjunto(総体)とharmonia(融合)の必要条件に影響を及ぼしたので残念だった。もちろん勝ちたかったが、私は非常に嬉しくて5位で満足している。
> なによりも私にとって重要なことは、Imperatrizのメンバーからの支援を受けて、大通りで美しいサンバと良い仕事を見せたこと。それら全てのことは実現した。偶然ではなく、Caheは2014年の最高のcarnavalesco(カーニバル・プロデューサー)として、一部の専門家によって指摘された。
それら全てのことで、私は誇りと感謝の気持ちでいっぱいになった。Luizinho Drumond会長、カーニバルディレクターのWagner Araujo、カーニバルプロデューサーのCahe Rodrigues、つまり、私に今回のパーティーを与えてくれた、Imperatriz Leopoldinenseのメンバー全員に感謝!!一生忘れられないパレードを実現させたすべての人に感謝しています。
私のそばにいた友人や家族、本当にありがとう。そして、私はパレードの前夜にFacebookで言ったことを繰り返す。ただ、私の子供の頃に我々がQuintino区で楽しんだように、このパーティーを一緒に楽しむために父Antunes、母Matildeと兄Antunesに生きていて欲しかった。
今年のカーニバルは間違いなく私のカーニバルの最高のカーニバルとなった!
では、また!
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