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ジーコがPedro Leonardoを応援

[2012.04.29]

4月20日金曜日に、歌手 Leonardoの息子Pedro Leonardo(24)が、ゴイアニアで大きな自動車事故にあった。一週間経過し、彼の容態は依然として深刻な状況にあります。彼のファンは容態が回復することを祈っています。 26日と27日にVárzea Grande e Cáceresで行われたジーコ10のイベントに出席したジーコは「Pedroは戦う力を持っている。彼の回復を祈っています。Leonardoにも頑張ってほしい。」とコメントしました。 ジーコは監督が「Pedro頑張れ!」と書かれたシャツを着用。ジーコ10のイベントでの試合に出るために来ていたLeonardoの友人で元選手のAlex diasにもシャツを渡した。 ……

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バルセロナはバルセロナ

[2012.04.28]

おそらく多くの人は、今年、バルセロナがレアル・マドリードとチェルシーに敗れ、スペイン国内リーグとチャンピオンズリーグの優勝を逃し たために、その強 さが減少したと思っていることだろう。しかし本当にそうだろうか? まず、UEFAの2つの大会において決勝トーナメントに入ってからの最終段階で5つ のスペインのチームの存在があったことは注目に値する。さらに、UEFAの決勝は2010年 に優勝したアトレティコ·マ ドリード、そしてアスレチック·ビ ルバオのスペインチーム同士の対戦となった。、ビルバオはクラブの最初の重要な国際的なタイトル獲得をマルセロ·ビ エルサの指揮下で持っている。この試合はシメオネ対ビエルサという、アルゼンチン監督同志の戦いである。私はマドリードの チーム側にいるブラジル人選手、ディ エゴ、フィリッペ、ミランダとパウロ・アスンソンの 活躍を祈っている。 別の点としては、レアルとバルサがスペイン国内リーグで首位にいるのは、他のチームが決して弱いのではなく、この2 チームが平均的成績を大きく上回っているという状況にある事である。私はスペイン国内リーグに比べると、ブラジル選手権の方が競争力が平均化している大会だと思うが、それでも大会でチームの競争力は必要である。私は運を信じない。結果というものはバルセロナが長年にわたり行っているように、これまでの仕事によるものだ。「現在のチームはたまたま選手がそろっただけで、チェルシーに負けたことでバルサが「実際それほどのチームではない」ことを証明した」と言ってる人々の意見には私は反対だ。 近年のサッカーは、私たちの生活と同様に、あまりにも短いスパンになっていると私は思う。長い期限は何ヶ月で、短い期限は 何日間である。そんな中でバルセロナは、異なる戦略を実行してきた。下部組織で結果にほとんど重要性を与えないで、若い才能を伸ばしてきた。そこか らメッシやスペインのW杯優勝のメンバーの一部が出た。そしてこれまでの実績が十分ではなかったかのように、世界ク ラブチャンピオン2回、スペイン選手権2回 とチャンピオンズ・リーグ2回の 優勝したチームを構成した。 更に現在の世界最優秀選手メッシが所属している。このバルセロナがチェルシーに1試合負け決勝戦に出場できなくなった。サッカーの一部でもある。チェルシーはバルサとの過酷な試合に打ち勝ち、決勝進出に値する権利を獲得した。 何度の繰り返されるサッカーの教訓、「無敵のチームなど存在しない」ということは今日になって我々が知ったわけでは ない。しかし、チャンピオンになるように構成されて大きな成果を達したクラブ、成功したこのバルセロナの偉業を誰もが軽視してはいけな い。バルセロナは今年は負けたが、バルセロナである。私は、ブラジルのサッカーがそのメッセージを理解し、バルセロナのような育成プロジェクトを進めていければ良いと思う。 ではまた! ……

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FIFA での会議とプラティニとの再会

[2012.04.15]

4月13日の午前中にスイスのチューリッヒにあるFIFA本部を訪問した。私を含め、イラク代表団は、Joseph Blatter会長、Jerome Valcke事務局長、David Borja(アジア発展プロジェクト担当者)に会った。 FIFA役員たちへ、イラクサッカー連盟のメンバーを紹介し、様々な課題について話した。FIFAはいくつかのアジア諸国で発展プロジェクトをすでに実施していて、我々はトレーニングセンターの建設とイラク人にプロジェクトを拡張する可能性について話した。 また、イラクを訪問してくれるようにブラッター会長やスタッフにお願いをした。しかし、今回の訪問の主な目的は、イラク代表チームが再びバグダッド市で試合できるためにFIFAのサポートを求めることだった。先ずは親善試合から始まり、その後に公式試合という考えである。政府が人々に安全と平和を保障することで、私は近い将来にそれが実現できると思う。 私は素晴らしいFIFAの新しい本部を初めて訪問した。決して贅沢な建物ではない。FIFAの公式サイトのインタビューも受けた。 チューリッヒでの会議の後、我々は電車に乗ってニヨンまで2時間移動し、UEFA本部にいる友人Michel Platiniを訪ねた。イラクの役員たちがプラティニに会いたかった為の訪問。現在イラクが直面している問題に対してこのUEFAにも話をした。 ……

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スターゲーム収益金の授与

[2012.04.05]

私は、チャリティーを目的とする試合やプロジェクトには可能な限り出席したいと思っている。昔にSadef(障害者を支援するための団体)のサッカーに参加した頃からそうだった。今では、隣人を助ける喜びの気持ちが自分の子供たちにも伝わったのでうれしく思う。長男のジュニオールは、2004年に慈善団体に寄付するための生活物資を入場券にするアイデアで​​初のスターゲームを主催した。昨年末には初めてサンパウロの団体を支援した第8回のチャリティーマッチが行われた。私は小切手の授与の感動と喜びを試合を観戦してくれた人達と分け合いたい思う。 イラク代表チームのため、私は全ての団体への収益金の小切手授与には参加できない。4月2日、私はサンパウロへ行き、6つの機関を訪問することができた。私の息子は前日に6の機関を訪問した。まだ6つの団体が残っている。 訪問時の気持ちは、非常に大きくて説明することが困難である。 まずはサンパウロでコーチをしているミルトン・クルースの母親が活動しているAssociação de Voluntários do Combate ao Câncer(ガン患者の為のボランティア協会)。 次にGol de Letra財団では、昨年の12月に試合にも参加したライー元選手によって迎えられた。彼がレオナルドと一緒に行っている活動は素晴らしい。貧困と劣悪な条件の場所で彼らは子供たちに正式な教育、音楽、スポーツの機会を提供している。私はカポエイラを見たあとに、12人の若者からインタビューを受けた。 そして、ライーに紹介された、Gol de Letra財団の近くにあるMutirão do Pobre(貧しい人々の相互協力)での子供たちの反応は感動的だった。偶然、私が訪れた日にコートがオープンするセレモニーが行われた。この小切手の授与がどれだけ特別だったが想像することができる。 Obra Social André Marcel(マルセル·アンドレ·ソーシャルワーク)には、子供たちがストレッチを行っていた時に着いた。私もついでに参加した。 ジアデマ町にあるLar do Ancião(高齢者向け施設)でも子供たちと同様に歓待を受けた。高齢者たちと私は話をしてサインをし、部屋を訪れて、そこにいたすべての人々の多くのポジティブなエネルギーを受け取った。 Casa Betinho(ベッチーニョ・ホーム-脳性麻痺の子供たち向けの団体、息子ジュニオルがネットを通して出会った)が最後の訪問場所。Herbert de Souzaという社会的な仕事に人生の大半を捧げた素晴らしい人物の名前を抱え、大きな責任を伴っている。 私はいつも与えるより多くのものを得ているように感じる。問題は全ての所に行けないこと。サンパウロで6つの機関が残っていて、我々はリオでも訪問すべきところがある。しかし、私はイラクに戻らなければならない。初めてこの活動をしてから、授与式では、与える行為がどれだけ強力であるかを実感できる瞬間である。「良いことをすれば、1000倍になって良いことに戻る」と言われることは真実だ。与えることはあなたが受け取ることができる為の最高の贈り物であり、今回は試合を観戦した人たちも、スタジアムに来ることによって与える行為をしてくれたのだ。 また来週! ……

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Chico Anysioとの思い出

[2012.04.01]

先日、ブラジルで有名なお笑いタレントのうちの1人が亡くなった。彼は作家、解説者、作曲家等としても優秀だった。今回はChico Anysio との思い出について語りたい。 私を始め、フラメンゴの多くの選手たちは彼のイベントへ何度も行ったことがある。彼の200以上も見せるキャラクターは我々を楽しませてくれた。さらに、私は彼のイベントのビデオを持っていて、それを見て楽しむのが好きだった。私が日本に住んでいた頃、サンドラと子供たちと一緒にA Escolinha do Professor Raimundoを楽しみに待っていた。私たちは1週間送れでビデオを受け取っていた。私たちはその番組を見るのが大好きだった。 彼との1つのエピソードには彼の息子が登場する。ブルーノ・マゼオは、父親と同様に、ユーモア話を書いたり演技をするための偉大な才能を持っている。そのブルーノがまだ幼い頃、私に電話して、ラジオ・アナウンサーになりたいと言った。そして練習できるように私に試合のテープを頼んだ。そこで私が持っていた多くの試合テープを彼にあげた。そのきっかけで私とChicoは話すようになった。彼は数日後に電話してきて、お礼を言って私に絵をプレゼントしたいと言った。 そこで、次の土曜日の子供たちのチーム「Nova Geração」の試合日に会う約束した。その翌日、私は東北訛りの女性から自宅に奇妙な電話を受けた。明らかに冗談のようだったが私は興味をそそられた。その後に私の友人ファギネルから電話があった。奇妙な電話の理由は、実はセアラ州出身の若いコメディアンで私をからかうように指示されたからだとファギネルが説明した。ファギネルによると、トン・カバルカンテは才能のあるコメディアンなので、Chicoに紹介したいと言った。タイミングの良さに偶然の一致か運命なのかと思った。 私は、土曜日にChicoが「Nova Geração」の試合に来ると伝えてChicoとトンを会わせることにした。そして出会いの後、トンはパイーニョというシコのキャラクターのアシスタントとして番組にデビューした。それからジョアォン・カナブラヴァとして有名になった。トンを発掘しこのコンビは長年続いた。 私は常に彼のことを尊敬していた。彼はリオにあるサッカークラブ、「アメリカ」のファンで、当時プレーしていた私の兄エドゥを応援していた。後には「バスコ」のファンに変わってしまった。多くの人々は知らないが、1989年のフラメンゴ対バスコの試合で、テレビ解説をしていた彼は、マジーニョ、チタ、ビスマルク、ベベットとさらに私の元仲間アンドラデがいたバスコに対してフラメンゴは年寄りのチームだと言った。我々はチームを鼓舞するために、彼のその言葉を引用した。結果はみんなが知っている。我々はブジカの2つのゴールで2-0で勝った。正直言うと、私はChicoに対して怒っていたが、彼のバスコに対する心を考慮しなければならなかったことに気づいた。 Chicoの妻のマルガと家族の皆様に哀悼の意を伝えたいと思います。彼の作品は今後も我々の事を楽しませてくれるはずです。そして、天国はChicoが来てもっと楽しくなることと思います。 また来週! ……

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