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2011年オールスターゲーム

[2011.12.30]

毎年12月末に行われ、収益は慈善団体に寄付される目的のチャリテーマッチ。今年で8回目となった試合は、リオではなくサンパウロのモルンビースタジアムにて行われた。集まった35123人の観客はジーコ、ソクラテス、ロナウドらの往年のスーパースターとネイマール、ルーカスらの現役選手が融合した試合を見ることができた。試合は7-5でジーコ友人チームがブラジルスター選手チームに勝利した。 この試合は先日なくなったソクラテス追悼試合としても行われ、試合前にジーコよりソクラテス弟であるライーに記念のプレートが贈呈された。 「今年はリオで使用できるスタジアムがなかったこともあったが、ここサンパウロで開催することができてとてもうれしく思います。参加してくれた選手、報道関係者、集まってくれた観客の方々、支援してくれた企業、そしてこのスタジアム開催のアイデアを与えてくれたサンパウロFCJuvenal Juvêncio会長に感謝したいと思います。自分の息子ともプレーができました。また、この大会を息子やその友人たちがリオから来てよい大会になるように動いてくれた結果、素晴らしいイベントとなりました。サッカーを通じて多くの友人がいることを光栄に思います。」とジーコがコメントした。 「特にジーコとプレーできたこと、そしてロナウドやそのほかの偉大な選手ともプレーできてとても良かった。」とネイマールがコメントした。 ジーコの友人チーム(赤) Neymar, Lucas, Ronaldo, Raí, Junior, Zinho, Zetti, Fábio Luciano, Gabriel, Wladimir, Manoel Tobias, Milton Cruz, Amoroso, Thiago Coimbra ほか ブラジルスター選手チーム(白) Djalminha, Marcelinho, Careca, Biro-Biro, Vampeta, Rincón, Emerson Sheik, Ralf, Ailton, Dinei ほか ……

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ジーコからのクリスマスカード

[2011.12.24]

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ロナウドが2014年W杯組織委会メンバーになる

[2011.12.20]

今回のテーマは、ブラジルで開催される2014年ワールドカップの地元組織委員会(COL)のメンバーにロナウドが選ばれたことを祝福するものとしたい。彼がこの任務を受け入れたという事実が、世界最大のスポーツイベントが扱われている方法に対してターニングポイントになるように私は期待している。 権限の恒久化を許す現在の選挙方法が悪いと思うので、私は常にブラジルでの連盟の政治プロセスを批判してきた。意見の相違は決して個人的ではないし、特に特定の役員を訴えるためのものではない。同時に、私を知っている人は、私が常にサッカー、そして、大方のスポーツにおいて元選手の参加が正当だと論じていることを知っている。その状況で、私はロナウドのCOL役員就任を祝いたいと思う。 また、今回は彼のようなビッグネームが出てくるまで時間がかかったと思う。アイドルとして、獲得した全てのタイトル、そして人間としても、ロナウドは既に、ブラジルにとってワールドカップのような重要さのこのようなプロジェクトに何らかの形で関与するべきだと思う。 ロナウドの役割は、ワールドカップのために国の準備がどのように進行されているか監視するのを手伝うこと。また、市民に分かりやすく、ブラジルのスポーツ構造を変え今後の道筋を示すこと。新しく、あるいは改装されたスタジアム等、適切なインフラも整備される大会に、市民が益々参加するように支援すること。 このような大規模なイベントがブラジルに大きな利益をもたらすことは確かだ。そして我々にはこれから先に2つのスポーツイベントがある。ミスを起こした人を探したり、批判するよりも、支援するときがやってきた。ロナウドは私の支援を持っているし、確実にブラジル人全員からの支援を受けると思う。我々はその偉大なアイドルのうちの1人を観察し、そのうえで応援しよう。彼は熱狂している。そして、彼がその任務による報酬を断ったことは正しいと思う。使命は、壮大で歴史的なプロジェクトのために力を尽くことである。 改めてロナウドを祝福したい。彼はいつでも私の支援をあてにすることができる。私は2014年にイラク代表チームを率いて彼と共に参加できるように願っている。私の使命も困難ではあるがすでに進行中。彼の使命は今からスタート! ではまた! ……

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キッカ監督率いる鹿島ユースがプリンスリーグ関東1部リーグにて優勝

[2011.12.16]

11日、キッカ率いる鹿島ユースが、プリンスリーグ関東1部最終戦にて勝利し初優勝を果たした。 プリンスリーグは4月よりスタートし18試合を行った。鹿島ユースは12勝3分3敗の勝点39だった。 今年鹿島ユースは6月にクラブユース関東大会でも優勝している。 ジーコはこの知らせをカタールで聞いた。 「キッカの経歴にまたひとつのタイトルが加わった。彼は自分が勝利の情報のみを期待している事を知っている。自分の好きな鹿島に加わったタイトル。スタッフ選手の皆さんおめでとう。」 キッカ略歴 本名はJoaquim Filhoだがキッカの名前で呼ばれている。彼のコーチとしてのキャリアは1995年CFZにて始まった。スクールでコーチを務めた後、CFZ下部組織であるミリンの監督となり、99年にリオ州選手権に優勝, その後インファンチルの監督となり、03年に日伯友好カップで優勝した。この優勝はCFZの同大会での唯一の優勝である。07年にCFZを離れサウジアラビアに行き、Al-Nasr, Al-Shabab、U-17サウジアラビア代表監督となった。08年Golfoカップ、09年Tunísiaカップで優勝した。 ……

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イラク代表、バーレーンに敗れる

[2011.12.14]

13日に行われたARAB GAMES DOHA のグループリーグでイラク代表はバーレーンと戦い0-3で敗れた。 この結果、イラクの準決勝進出の可能性は消滅した。 ジーコ監督コメント 「序盤は決して悪くはなかったが前半に既に幾つかの決定機を逃してしまったことが敗因だ。またつまらぬ失点が響いた。チャンスは作り出しながらも決めることが出来なければ・・・。我々のこのカップ選での戦いは終わってしまった。」 ……

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カタールでのトレーニング

[2011.12.13]

ARAB GAMES DOHA2011の為にイラク代表はカタールのドーハでトレーニングしている。 グループリーグは3チームで争われる。ホスト国カタールとバーレーンの試合は2-2の引き分けに終わった。 イラク代表は13日にバーレーンと戦う。 前日の練習でイラク代表はセットプレーの確認を行った後にミニゲームをして試合の準備を完了した。 ……

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アンドレ・ローシャの出版記念イベント

[2011.12.10]

フラメンゴ史上、最も重要なタイトルであるインターコンチネンタルカップ優勝(1981年トヨタカップ)から30周年を迎えるこの2011年の終りには、その時代をテーマにした本が出版された。ジーコは、もちろん、偉大な登場人物のうちの1人である。 ワールドカップアジア予選でイラク代表を率い、二つの重要な試合で勝利した後にリオに帰国したジーコは、11月下旬にTv Esporte Interativo番組での仲間のマウロ・ベチングとアンドレ・ローシャによって書かれた「1981」の出版記念イベントに出席した。 この本では、選手の様子や素晴らしいチームとサポーターがわずか1年間でどうやってフラメンゴに多くのタイトルをもたらし世界制覇を成し遂げたのかについて書かれている アンドレとマウロはさらに「黄金時代」がどうやって形成されたか、その秘密についても書いている。その世代の当時ライバル:ホベルト・ディナミテ、レアォン、ダリオ・ペレイラ、フェルナンド・モレナ等も登場する。 フラメンゴの1976年から始まり、黄金時代を通過し、ブラジル選手権の6勝目を挙げた、2009年までの分析である。 ……

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ARAB GAMES DOHA 2011

[2011.12.08]

9日よりカタールのドーハで2011アラブ・ゲームズが開催される。アラブの国によるオリンピックのような大会。種目の中の一つにサッカーもあり、イラクはトップチームが参加する。 ジーコは5日の夜にドーハに向かい、7日に代表選手の一部と合流する。 イラクはグループAで、初試合は13日のバーレーン戦。第1ステージの最後の試合は16日のカタールとの対戦。 シリアが大会に参加しないことになり、グループA と Bは3チーム。グループCは4チームで構成されている。グループA とBの首位チームが準決勝進出する。グループCは首位と2位チームが準決勝に進出する。 グループBは、サウジアラビア、クウェート、オマーン、グループCは、リビア、ヨルダン、スーダン、パレスチナ。 ……

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悲しい知らせ

[2011.12.05]

日曜の朝に届いた悲しい知らせ。 ソクラテス(享年57歳)が亡くなった。 代表時代の戦友でありフラメンゴでも共にプレーした旧知の仲だ。“マグロン”のニックネームで多くの人々に親しまれた氏。内臓疾患からの感染症だったと聞く。 実は木曜の夜、彼の奥様から連絡を頂いてとても心配だった。彼とは今月28日に サンパウロのモルンビースタジアムで彼の今までの功績を称える試合を行うことを約束していた。詳細を打ち合わせしたくて彼の携帯にメッセージを残してあったのだがそれを奥様が見て私に直接連絡をくれたのだ。彼の回復を祈った。ただただ信じたかった、吉報が届くことだけを。 ソクラテスは生粋のブラジル人だった。それは彼の本名からもうかがえる。 Scrates Brasileiro Sampaio de Souza Vieira de Oliveira. そのプレーの凄さを表現するのは難しい。まさに才能とインテリジェンスが合わさった何かがピッチにいる様な感じというか・・・・。 協調性があり誠実で嘘のない言動、医師でもあり政治的な面も自分の主張をはっきり持っていた。 代表で彼とは 1982と86年の二度W杯を戦い長い時間を共有したが 本当に親しくなったのは86年彼がフラメンゴでプレーした時期だった。あの年フラメンゴは不調でプレー的にはけっして満足のいくものではなかったが彼の息子達は私が個人的に面倒をみていた少年チーム( Nova Gerao、現CFZ)でプレーしていたりと家族族ぐるみの絆が特に深まったものだ。 こんな時は多くを語るより彼との楽しかった日々の思い出をめぐらせる方が良いのかもしれない。ソクラテス氏のご冥福を心からお祈りすると共にご遺族に哀悼の意を表したい。 ……

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イラクの首都バグダッド

[2011.12.04]

中国とヨルダンとの試合に対する準備の前にバグダッドに行った。ここでの事を説明するのが難しい。人々の生活におけるサッカーの重要性について常に熟考させられた緊張した日々であった。バクダッドは破壊された都市であり、バリケードや銃砲がいたるところにあった。私の選手としてのキャリアと現在イラク代表監督である為なのか笑顔で迎えられた。2014年ワールドカップ予選の最終予選へ我々が進出を決定したアンマンでの試合終了の笛を主審が吹いたとき、私はバクダッドで勝利を祝っている人々のことを一瞬考えた。 我々ブラジル人は毎日多くの問題があるが、外に出ることができないということはない。自由な外出ができることは治安が悪い部分があるものの、私たちにとって自然なことである。車での移動時に見た、破壊された町並み、何百もの武器、兵士は、私が今まで感じたことがなかった不安感を感じさせた。 このような時にサッカーの力は明らかである。私の通訳のサラムは、スポーツに対するイラクの人々の情熱を語ってくれた。かつてイラクで働いたことのある私の兄エドゥもしばしばそれを思い出していた。イラクのプレーヤーがブラジル人に類似しているスタイルを持つことは偶然ではない。数十年の紛争、独裁、戦争、暴力と破壊にわたって満足に活動できなかった時間があっても、我々には気づくことができる。選手達はこれらの時間での傷跡を少し残しているが楽しくプレーしている。そして、長い間苦しんできた国にもかかわらず人材レベルは良い。 私が正式に紹介された首都バグダッドから、ドーハに向かった。一つの勝利が、これまでの大きな悲劇をどれだけ和らげることができるのか、私は既に心に留めていた。それは本当だった。イラク人にとって、ブラジル人や他の多くの人々のように、サッカーは日常生活の悲しい思い出から脱出させることができる。2007アジアカップ優勝は同国にとって盛大なパーティーとなった。我々は、ブラジル2014年ワールドカップ出場枠獲得時には同様の影響を与えると知っている。 私がいつも言うように、我々には良い選手がいる。ワールドカップ出場資格を達成する2回目のチームとして、この世代は歴史に残ることができ可能性がある。最初にドーハで中国を破り、そしてヨルダン戦での勝利は更にすごかった。後半を試合を支配して多くの得点を決められた。チームは、出場権を獲得するためにここに来た事を示した。イラクは中国を敗退させた。。場面は我々に道徳を与え、そしてそれを理解できる経験豊富な選手を我がチームは持っている。 今は、視察して向上させるためにこの来年までの期間を利用すること。2月のシンガポール戦は最終予選への良い試合になる。最高の状態で最終予選に入るために多くの親善試合を行う計画がある。イラク代表が良い成績をあげ、人々の微笑を増やすようにできる事に対してやりがいを感じている。 また来週! ……

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