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7人制ソサイチサッカー

[2011.06.25]

4月末に、ジーコサッカーセンターで第1回7人制ソサイチ・サッカーリオ大会が行われた。私は大会の大使として表彰された。しかし、重要な事はスポーツの中で大きな第一歩であることに気づくこと。大きな都市や小さな町にでも、サッカーをプレーすることが好きな人は小さなピッチでプレーしたことがある。公式ピッチサイズは広い場所が必要なので、小さいコートで行われるソサイチは常にその解決策となった。 多くの人は知らないが、我々が今日持っている優れた品質の人工芝とは全く異なり、私自身のキャリアもソサイチサッカーで土のピッチで始まった。道路、ソサイチ、室内そして天然芝ピッチの順番でプレーした。私が常に言うのは、小さいピッチはスペースで解決策を見つけるための能力と才能を引き出すことができる。これは、フットサルと7人制ソサイチの本質であり、天然芝ピッチの多くの特徴を持っている。それで試合はもっと楽しくプレーできて、観戦をダイナミックにする。 そして、天然芝ピッチではないビーチサッカーでジュニオルやエジーニョとプレーした経験がある私は、この2つの間に多くの類似点があると思っている。ビーチサッカーは最近は世界大会も行われていて、元選手たちの支援で安定した活動している。 私は今が7人制ソサイチ7を成長させる時期だと思う。元選手が参加し始めている、ソサイチは国内ですでにプレーしている何千人ものプロが関わっている。そして、もう随分前から専念して活動しているクラブもある。今回の大会でチームのレベルは私を驚かせた。 サッカーに関連する大会が成長しているのを見ると私は嬉しくなる。この大会はZico 10も関わっている。Zico 10は、子供を対象とする、現在私がブラジル中で活動しているサッカースクールのプロジェクトである。 この機会に、7人制ソサイチ大使として表彰に対して感謝し、リオ連盟とブラジル連盟の主催者たちへ祝福を送ります。 また来週! ……

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USSFのセミナーがCFZで開催された

[2011.06.24]

多くの世界大会やオリンピックでの成績により、スポーツ大国と言えば一番先に頭に浮かぶ国は米国である。しかし、特にサッカーにおいて、アメリカ人はまだ世界最優秀選手のリストから遠く離れている。彼らはそれを改善すべく様々な試みをしている。コーチの能力を高めて、選手の成績をアップさせるために、Futbol America Inc.会社はアメリカサッカー協会(USSF)と共に、米国内での最高のコーチを研修の為に海外に連れて行くセミナーを行っている。少し前の話になるが3月下旬に約30人のコーチのセミナーがブラジルで開催された。アジアのクラブとの交流で多くの実績があるジーコサッカーセンターはそのグループを迎えた。 「今回は国内ではトップクラスのAカテゴリーのコーチたちの研修になります。それ以外にもB、C、Dカテゴリーがあります。コーチのライセンス更新に必要の12ポイントのうちの8ポイントが与えられます。我々はすでにアルゼンチンでその研修を行いました。私はブラジルでも行うことを提案した。今回の研修はみんなにとって非常に有益だったと確信している。我々は、ジーコのアメリカサッカー協会への心遣いに感謝しなければならない」とセミナーの開催会社のパートナーのウィレル・ソウザが述べた。   コーチたちのグループにクラブを紹介し、写真を撮る他に、ジーコはサッカーセンターの概要を説明して、会議室で開催された講義でスポーツについて話した。 「このような交流はとても大事である。我々は外国人のプレーヤーまたはコーチを迎えるために常にドアを開いている。私がクラブを設立した時からの伝統である。私はサッカーで多くの経験を積んたので、それを伝える機会が増えることは光栄である。長年にわたって成長している米国のコーチの更なる発展に協力できて嬉しく思う。今回のブラジルでの研修がみんなに役に立つといいと思います」とジーコがコメントした。 コーチ達はフラメンゴ、フルミネンセとボタフォゴのクラブも訪問し、その後リオ州選手権の試合を観戦した。 ……

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大苦難を克服しえ得る人々

[2011.06.20]

今月始めに日本を訪れた。本来はもっと前に駆け付けたかたのだが大災害の余波の為に3ヵ月後の今の時期になってしまった。鹿島から『是非とも被災地に力を与えてほしい』旨のオファーを頂き実現した訳だ。実際チャリティ・イベントに参加しその閉めで私はスタジアムに集まってくれた二万人以上の人々を前にして気持ちを述べたのだが不覚にも涙を抑えられなかった。 今回の日本行きを決断して後、その旨を親類縁者に伝えたが彼等の反応はあまり芳しいものではなかった。再度の天災への懸念からだ。自然の前に人間は実に無力である。確かにその恐れは充分あったが訳だが正直、日本の為に何かをしたいという気持ちを抑え切れなかった。 長い時間を要すると思われる辛い復興へのステップを踏み出した、そんな雰囲気に包まれてのチャリティ・イベントは懐かしいカシマサッカースタジアムで行われた。スタジアム自体も震災の被害を受けていが見事に復興していた。イベントのスローガンは Smile Again (Sorrir de Novo)。日本の人気ミュージシャンによるショーとサッカーを組合せた素晴らしいものだった。滞在最終日は未だ震災の爪痕が生々しい福島県のいわき市を訪れしばし現地の方々とふれあった。アントラーズのOBが中心となり各被災地域でサッカースクールを催していたのだ。 久しぶりの鹿嶋は正直感動的だった。まさに私はこの地で多くの人々に励まされながら長い時を送った。しかしながら震災の痛みが未だ残る町並みを間近に見る辛さは隠し得ない。被災地域全体で未だ十数万の方々が避難生活を余儀なくされているという。私が最初にデビューした住金総合グランドにも立ち寄った。懐かしい思いが強烈に蘇る。あの当時(1992)はまだ住金の時期だった。選手の多くは工場勤めでグランドも会社に許可を得て使用させてもらっていた。土の部分が多かったグランドは今では綺麗な人工芝となっていた。あのヨチヨチ歩きのチームが今では日本一のタイトル獲得数を誇る最強チームとして君臨している・・・・。 今回の再来日で改めて日本という国を、日本人という特異な国民をまじまじと見つめている自分に気付く。過去、度重なる天変地異、原爆被災等、歴史的にも未曾有の国難に勤勉さと忍耐力を武器にサムライ精神で敢然と立ち向かい見事に克服しただけでなく細部にまでこだわる完璧主義でより進化させ世界を驚嘆させた。この偉大な国に私は多くを学んだ。いや今だに学び続けているのだ。私のみならず今まさに世界中が日本から多くを学ばなくてはならない。 ではまた……

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UEFAチャンピオンズリーグ

[2011.06.14]

現在で世界最強のクラブ大会である、欧州チャンピオンズリーグでバルセロナが優勝した。ウェンブリー・スタジアムでの決勝戦、マンチェスター・ユナイテッドとバルセロナの試合は3-1でバルセロナが勝利し優勝した。 試合が始まった時、マンチェスターユナイテッドは世界最優秀選手とスペイン代表のスターがいるバルセロに対してとても厳しい相手になるような気がした。前半はそれぞれにチャンスがあった。まず、ペドロ選手のバルサの最初の得点となった素晴らしいプレー。それから、マンチェスターでルーニーの素晴らしいプレー。ファール数が少ない、バランスのよい前半だった。 しかし、選手交代とマンチェスターのポジション変更によって試合は後半に別なものになってしまった。バルセロナが試合をコントロールした。2点目をメッシが決めて差をつけた、そしてヴィラが更に追加点を挙げた。 2006年から高いレベルでプレーし続けているバルセロナはこの間にチャンピオンズリーグ優勝杯を3回掲げた。 真剣な計画に基づくバルサのプロジェクトを見るのは興味深いことだ。同クラブは下部組織に投資し、外国人まで含む若者を探し、そしてスペイン人を大事にする。攻撃的な哲学に従い、そして、グァルディオラがプレーヤー生活から引退した時から監督として彼に賭けている。才能があり、彼は世界サッカーの歴史に名前を書いているチームの指導者となった。 バルサにはFIFA世界優秀選手、メッシの他に、スペイン代表の現在のワールドチャンピオンチームでもプレーする最も優秀なプレーヤーの何人か存在する。 一方、マンチェスターは今回の決勝戦では前半は良いプレーをした。しかし、ファイナルまで進出できただけでも大きな役割を持った。アレックス・ファーガソン監督は、その歴史に畏敬の念に値する。 もし、マンチェスターが結果主義のサッカーの論理だけを使用したならば、タイトル獲得ができなかったとき、ファーガソンはすぐに去っただろう。そして、ヨーロッパで最も偉大な監督のうちの1人として25年間を過ごさなかっただろう。 また、私は以前に述べたように、素晴らしい仕事をしている、私の友人であるUEFA会長ミシェル・プラティニにおめでとうをここに書き残しておきたい。リーグは益々良くなって競争力のある大会になってきている。ピッチ外でこの数十億ドル規模のビジネスとピッチ内で素晴らしい試合ができるように、参加するチームが成長できるようにと行動している。 バルサおめでとう!ではまた! ……

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ブラジル州選手権優勝チーム

[2011.06.13]

ブラジル選手権はすでに始まっているが、私は州選手権の大会を制したブラジル中のチームに敬意を表したいと思う。大会規模やチーム数の多さなど様々な問題はあるが、州選手権は地元の中でのライバル意識の高い大会になるなど特別な味を持っている。] ブラジル全国選手権は大陸の大きさもあって、規模の大きいチームによって戦われている。それぞれの州選手権大会は全国選手権に昇格するまでのチームや、決して辿りつくことができない小さなチームを知る機会となる。我々は、Copa do Brasil【ブラジルカップ】でそのようなチームを知ることができるが、彼らは州選手権の結果によって同大会への進出権を得る。 例えば、州選手権で小さなチームが優勝するのを見るのは興味深い。伝統チームのヴィトーリアを下してバイーア州史上で初めてチャンピオンとなったバイーア・デ・フェイラ・デ・サンタナもそうだ。名門クラブの優勝回数の中断によって、特にセリエAとセリエBで戦うっているチームはより強化するための投資をしなくてはならない義務を負うこととなる。 サンタ・カタリナ州にも小さなチームの活躍があった。シャペコエンセはクリシウーマとの決勝戦で優勝した。アヴァイーとフィゲイレンセの地元強豪チームは決勝に上がれなかった。シャペコー町のチームは通算4回目の優勝を達成した。素晴らしいことである。アヴァイーはブラジルカップでは準決勝に入ったが、州大会では決勝戦に選出できなかった。 再度強化しているチームが週選手権で活躍するケースもある。エスポルチの優位を壊し、ブラジル選手権のセリエDから復活するために再度強化しているサンタ・クルースに起こったこと。私が顕著なゴールを決めて何回が対戦したサンタ・クルースは偉大なサポーターを持つクラブである。素晴らしい優勝を果たした。 ブラジルカップで進出し続けているセアラーも、州選手権でチャンピオンを獲得しており、王者フォルタレザの栄冠に終止符を打った。セアラーはブラジル選手権に良い状態でスタートできた。そして競争力のあるチームを持っていると示した。セアラーは州大会で優勝し、一方フォルタレザはファイナルにさえ進出できなかった。グアラニ・デ・ジュアゼイロが準チャンピオンになった。 ブラジルカップで約3ヶ月間の無敗の結果で良いサッカーを見せて現在注目を集めているチームはパラナ州のチャンピオン・コリチバ。35回目のタイトルを達成するためにアトレッチコ・パラナエンセを下し、士気が高まっている。 リオ・グランデ・ド・ノルテ州選手権で優勝したのはABC。52回目の州大会優勝を獲得し、ブラジルで優勝数が最も多いチームとなった。。尊敬に値する記録である。 ブラジル選手権で優秀候補のそれらのチャンピオンに言及せずにはいられない。クッカ監督のクルゼイロは、サンパウロ州でコリンチャンスに勝ったサントスと同様に、アトレッチコ・ミネイロを下しミナス・ジェライス州で優勝を果たした。フラメンゴは、リオデジャネイロ州で無敗のチャンピオンになった。インテルナシオナルはグレミオとの決勝戦で相手のホームスタジアムでPK戦によって優勝した。 2011年の上半期にトロフィールームで優勝した全てのチーム、選手達、コーチたちとサポートスタッフにおめでとうと伝えたい。 では、また来週! ……

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ジーコ帰国

[2011.06.07]

SMILE AGAINチャリテーマッチに参加したジーコは、6日に日本での予定を終え帰国した。 「ブラジルでの仕事があることもあってこのような短い滞在期間になったが、日本の皆さんが温かく迎えてくださりとても感謝しています。鹿島では昔のチームメイトたちとプレーすることが出来て良い思い出になった。日本が復興するためにはまだまだ時間がかかるかもしれないが、また私でお手伝いできることがあればしていきたい。」と成田空港で報道陣にコメントした。 ……

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ジーコ、いわき市でのサッカー交流会に参加

[2011.06.06]

5日、ジーコは福島県・いわき市のいわき明星大学グランドにて行われたサッカー交流会に鹿島アントラーズの本田・名良橋の元選手と共に参加した。 「短い時間でしたけど、被災地の子どもたちと触れ合うことができてよかったです。現在、世界中が日本の復興、これからの日本を応援しています。皆さんも今だけではなく、これからも強い気持ちを持ち続けてください。そして、さらに強い日本を作ってほしいと思います。日本で15年の間にもクリニックやサッカー教室をやってきて、基本の大切さをずっと言い続けてきました。基本がなければ次のステップに進むことはできません。それを心に刻んで練習してください。皆さんは、これからの日本のサッカー背負っていく世代です。今はとても大切な時期なのでがんばってください。将来の日本代表が出てくることを願っています。」とコメントした。 ……

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ジーコ、SMILE AGAINの先制点を決める

[2011.06.05]

ジーコは4日にカシマサッカースタジアムにて行われたSMILE AGAINのチャリテーマッチにおいてANTLERS LEGENDSの一員としてトニーニョ・セレーゾ、アルシンドのブラジルから来日した選手と共にプレーした。 対戦相手はJリーグOB選手によるWITH HOPE UNITED。試合は前半24分にジーコがアルシンド息子・ィゴールのパスを受けてゴールを決め先制。後半にも石井選手のゴール、オウンゴールで追加し3-0で勝利しました。 イベント終了後にジーコが代表して挨拶を行いました。「皆さん、こんにちは。元気ですか。個人的な感情になりますが、カシマスタジアムのピッチに戻れて感激です。日本の皆さんにとって大変な時期だと思いますが、自分も同じ気持ちでいます。初来日してから長く住んだ鹿嶋の方に、暖かく迎え入れてもらい私は仕事をすることができました。自分がうれしかった事は多くの方たちが共に戦い、アントラーズの選手やJリーグの選手たちと共に日本のサッカーの基礎を築きあげられたことを誇りに思います。今日のイベントの主旨からすると笑う事は良くないかもしれませんが、今日は少しでも良いので笑ってください。どうもありがとうございました。」 ……

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ジーコ、カシマサッカーミュージアムを見学

[2011.06.05]

ジーコはSMILE AGAINのチャリテイーマッチに先立ち、カシマサッカースタジアム内にあるミュージアムを訪れ、昨日表彰を受けたレジェンドルームなどを見学した。 ジーココメント「素晴らしいミュージアムを見学できとても感激しています。以前の私が知っている時より展示内容が充実して、スペースも広くなったのではないでしょうか? あまりの素晴らしさにびっくりしました。レジェンドルームや鹿島でプレーした過去の選手たちを振り返って、懐かしい時間をすごすことができました。」 ……

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ジーコ、鹿島アントラーズの殿堂表彰を受ける

[2011.06.04]

SMILE AGAIN のチャリテイーイベントの為に来日したジーコは試合前日に行われたSMAILE AGAIN PRELUDE のイベントでカシマサッカーズタジアム内に飾られている鹿島アントラーズ殿堂者としてトニーニョ・セレーゾと共に鹿島アントラーズ・井畑社長より表彰を受けた。 ジーココメント「何年ぶりに帰ってくることができてうれしく思っています。鹿島に初めてきてから約20年になります。今回、走馬灯のように昔を思い出すという経験を初めてしました。現在、鹿島が日本のサッカー界を代表し、引っ張っていく存在になったことは私の大きな誇りでもあります。鹿島のサポーターの皆さんに訴えたいのはさらなる結束です。サッカーを通じて今の非常に困難な状況をなんとか克服してほしいと思っています。1人1人の力は小さくても、それを結束させれば必ず大きな力になります。どうもありがとうございました。」 ……

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ジーコ、アントラーズユースを激励

[2011.06.03]

3日、ジーコは鹿島を訪れ、自分の日本でのキャリアのスタートである住金総合グランドにてキッカ監督、熊谷コーチのもとで練習していた鹿島アントラーズユースを訪れた。 ジーコは明日試合を控えている選手たちを激励した。 「今は人工芝になっているけれど、自分の日本でのスタートはこの場所だった。みんなプロを目指していると思うけれど、日々の練習で気持ちを込めて切磋琢磨していく必要がある。アントラーズはこれまで多くの選手をスカウトで連れてきているが本来であれば下部組織から育つことが望ましい。キッカ監督はCFZにて長い間一緒に仕事をしてきたし、熊谷コーチはアントラーズの最初の頃からプレーしていてプロの厳しさを知っている。彼らから色々な事を聞きながら、鹿島のエンブレムを付けていことに誇りに持ち、トップチームに入って新しい歴史を刻んでもらいたい。」 ……

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ジーコ5年ぶりの来日

[2011.06.02]

6月4日に東日本大震災後にカシマサッカースタジアムでの最初の試合となる震災復興チャリテイーイベントSMAIL AGAINに出場するために、本日の午後ジーコが5年ぶりに来日した。空港到着後にジーコは記者に囲まれて抱負を語った。 「皆さんただいま。日本に帰ってこれて本当にうれしいく思います。今回の大震災のニュース映像を見た流れた時の気持ちは言葉にあらわせません。津波の恐ろしさをあらためて感じました。今回はチャリティーマッチに参加できる事についてうれしく思います。日本で震災が起こったことで、何かをしないといけないし、そういう時に結束するというスピリット少しでも感じていただければと思います。神戸の震災時も個人的にクリニックを行いました。今回も被災された方がすごく多いし、自分が出来る事をやりたいと思います。試合は1時間くらいなら大丈夫です(笑)。晴れてくれると良いですね。前半か後半だけでもプレイ出来ればと思いますが、あとは監督次第です。」また、日本には凄く縁を感じます。実は自分の孫は日本人です。長男のお嫁さんが日本人で12月に子供が生まれるます。ここまで日本に縁があるとは思わなかったし、ますます縁が太くなると思います。」 ……

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