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ヴィトリア・ダ・コンキスタ町でのジーコのサイン会

[2011.03.26]

先月のことになるが、コンキスタ・スール・ショッピングセンターにあるノベール書店に、情熱的なジーコの以前からのファン、子供、青年、大人の多くのフラメンゴサポーターたちがジーコを近くで見てサインと写真を獲得するために、コンキスタ・スール・ショッピングセンターにあるノベール書店に集まった。 フラメンゴの永遠の背番号10番ジーコは、著者マルクース・ヴィニーシウスによって1982年に刊行された本(2006年新訂)、「ジーコ・人生の教訓」( Thesaurus出版社)の本のサイン会を行った。 その本は既に日本語(18万部以上販売)と英語で出版されている。 「一生忘れない作業でした。カセットテープで14時間の録音、素晴らしい話を聞いたり、試合や更衣室での対話の確認。謙遜だけど非常に断固な青春期の瞬間を思い出しながら書きました」、と作家マルクース・ヴィニーシウスが述べた。 多くのファンはジーコを見るために隣の町や他の州からまで来た。ジーコが本にサインをしていた時に、1人の女性が感動しながら言いつづけていた。 「やっと私のヒーローと出会い、ジーコと一緒にここにいるのは非常に感情的です!」 ジーコは、いつもの親切さで、みんなに応対して笑顔で写真を撮った。……

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鹿島アントラーズの試合が延期

[2011.03.16]

鹿嶋市はさる11日に起きた大災害で被災した茨城県に属する。Zico は通信事情が悪い中、なんとか自らの元通訳のスズキを始めとする数人の日本の旧友達と連絡を取ることが出来た。しかし彼らの口から出た言葉は地震と津波により未曾有のダメージを受けた事実の生々しさであった。 「幸いに旧友達は皆無事だった。しかし残念ながらカシマスタジアムを含め、現地インフラの損壊は大きなものだったらしい。特に海岸地域は津波の為に酷い状態だと言うことだ・・」と力無く語るジーコ。 AFC(アジアサッカー連盟)は今回の大災害により鹿嶋で16日に予定されていたACLアントラーズ対Sydney FC の試合を延期する旨を発表した。 Zicoは鹿島アントラーズ、日本サッカー協会を通じ、被災者支援の為の活動へ可能な限りの支援を約束した。……

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大地震で被災された方々へのメッセージ

[2011.03.12]

「長い間私の通訳として働いてくれた親友のスズキとやっと電話が今日つながった。彼の口から聞いた今回の地震と津波の事実はショッキングだった。大地震に関しては私がいた頃からいつ来てもおかしくないと言われていたがまさかこの様な形で現実となってしまうとは。TVで映像を見たのショックは言葉では説明出来ない。船舶や車をまるで玩具の様に飲み込んでしまう津波の勢いは物凄い。仙台は自分もよく知っている宮城県の街でベガルタの本拠地だ。確かこの地域にはカシマの小笠原のご両親が住まわれているのでは?因みにブラジル人では Thiago Nevesや Borges また Joel Santana監督も所属していた。心より祈るのは犠牲者また被災の程度が出来る限り少なくあって欲しいということだ。過去の辛いご経験が役立ち一人でも多くの人が無事であってほしい。人命は最も尊いものだから。 私に対して本当に良くして下さった日本の皆さんへ送るメッセージです。日本皆さん、頑張って下さい!」 Zico……

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クイアバー市での講演

[2011.03.07]

ジーコは2月17日にクイアバー市を訪れ、Cenarium Ruralで企業家に向けて、チームワークの重要性について講演を行った。そして写真やサインを求めたクイアバー市のファンの暖かさを感じることもできた。 「私はブラジルを回っているが、どこに私が行こうとも、常に人々の非常に大きな愛情を受けている事に気がつきます。ここマト・グロッソ州での講演には多くの人が参加してくれて、とても貴重で嬉しい経時間となった」とジーコが述べた。 ジーコは、Zico 10プロジェクトをこの地域で行う可能性について現地の役所と話し、さらに2014年ワールドカップのためのクイアバー市の準備状況も確認した。彼は、Agecopa(ワールドカップのために創設された機関)を訪問し、工事の進行に対する心配を示した。 ここクイアバー市では、”Verdão”として知られるJosé Fragelliスタジアムの工事だけが進んでいる。公共交通機関のBRTプロジェクトは再検討されることになった。 そしてジーコはマト・グロッソ州の指導者に地元チームがブラジルサッカーのトップへ戻るためにもっと尽力してほしいと依頼した。 「私はここの大きなチームと対戦したことがある。そして、マト・グロッソ州で生まれて、今は他の州でプレーしている優れた選手を知っている。州には、偉大な選手を育成する状況がある、下部組織に投資すればさらに良い選手が出てくる可能性がある。」 ……

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CFZの人工芝のピッチとロナウド

[2011.03.05]

今年の3月3日で58歳となった。その少し前の2月28日には、ジーコサッカーセンターにおいて新しくできた人工芝ピッチのセレモニーが行われた。 一番大きな人工芝のピッチには、私の友達でもあり、常に賞賛してきた偉大なプレーヤーに敬意を払い、ロナウド・ナザーリオ・デ・リマの名前を付けた。引退までのキャリアにおいてロナウドは大変苦労してきた。彼の経歴は素晴らしく敬意に値する。私からの敬意は単純であったが、彼はイベントに参加するために時間を調整してくれたので非常に嬉しかった。 今でも多くの人々はジーコサッカーセンターがロナウドの歴史の一部になっていることを知らない。2002年ワールドカップ前に怪我をしていたロナウドはその怪我から復帰するためのリハビリ・トレーニングにおいてCFZのピッチを使用した。 そして私はこの機会に彼が私に表した愛情に対して感謝したい。彼は私が彼のアイドルであると常に言ってたが、彼も私が以前から彼のファンであることを知っている。 Zico Próの名前の3つの人工芝のうちの小さいピッチには、3人の息子、ジューニオル、ブルーノとチアゴの名前を付けた。 我々はオープニングを祝うために午後と夜に試合を行った。 当日は悪天候で雨が降っていたが、セレモニーは偉大な選手達、芸能人や友人を見るために多くの人が来た。最初のイベントは、現在私がほとんどの時間を専念しているプロジェクト、Zico10のスクールが参加した。市民にサッカーを提供することは私にとって常に重要である。現在、ジーコ10はブラジル中に展開していっており嬉しく思う。 チアゴはFutebol de 7【CPサッカー】のチームを連れてきた。少年達の活動を楽しむためにもう一つのチャンス。その次にはJogo dos Artistas【芸能人ゲーム】で私の息子ブルーノとPlanet Globeのスタッフが出場した。 そしてメインの試合は、友達である1987年の元仲間、フラメンゴでの他の年の元仲間と何人かのゲストがイベントを輝かせるために出席した。この日の夜の事は私の記憶にいつもでも残るだろう。ハーフタイムには、ロナウドが表彰のために到着した。試合のスコアはあまり重要ではなかったが、私は1点を決めた。 私は色々な形でイベントに参加してくれた皆さんに改めて感謝したい。ありがとう! ではまた!……

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3月3日ジーコ58回目の誕生日

[2011.03.03]

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