マラカナンスタジアムの素晴らしい観客席
[2009.04.29]
4月26日、リオデジャネイロにてフラメンゴとボタフォゴの試合がキックオフされた時、ここロシアでは月曜日まであと1時間であった。サンパウロ州、ブラジル南部と東北部でも州選手権の決勝戦が行われていた。私はテレビでタッサ・リオ(リオ州選手権)の決勝戦を見ることができた。スタジアムでの素晴らしい瞬間をテレビを通して観ることができた。こういう時には本当に懐かしく感じる。満員のマラカナンを見るとうれしいなあ!
今回のテーマはこのサッカーという素晴らしいイベントについて。私がプレーしていた頃は、試合は現在の戦争のような張り合いではなく、有益な競争があった。現状、どんなアクションに対しても暴力的な反応が起こってしまう。そして、私が感じてることは良事・悪事のどちらにしても、観覧席はピッチ内に対して影響力があるということである。
このダービーマッチ直前に私が見た光景は、フラメンゴのシャツを着ている息子を肩のうえに抱えていたボタフォゴファンの父親、サポーターの喜びや選手達に対する敬意、すべてがサッカーを楽しみに来ている穏やかな雰囲気であった。ピッチ内では公平な試合。試合は残念ながら技術的には低いレベルであったが、私のようなフラメンゴのファンにとって幸いだったのは、試合の開始から終了まで熱意を持ったチームの勝利だった。
先週、私はここロシアでトルコリーグのFenerbahçeとGalatasarayの対戦をみた。ピッチではケンカがあり、‘決闘’とは実際に‘戦い’の意味として考えても良かった。そして私はトルコにいた頃を思い出してしまう。フェネルの選手は赤い車を持ってはいけなかった。誰もライバルに言及してはならなかった。試合前の挨拶さえ禁じられていた。ここモスクワでは、Zenit とSpartakの試合でトラブルが発生した。再び、サポーターのトラブルも起きている。私は言及した2つのケースに対してここで批判をしたくはない。
サッカーはピッチ中で行われる素晴らしいものである。振り返って見ると、私はスポーツ界で多数の友達ができた、その中にはロベルト・ジナミッテをはじめピッチ内でのライバルも多くいた。我々の戦いは、試合を通して勝利するためであった。我々はその戦いが私生活には決して影響を与えないようにしていた。そしてそのメッセージをサポーターにも伝えることが出来たと思う。
しかし、現在、状況は異なっている。サポーターはライバルと対決を挑むためにインターネットを利用する。それはスタジアムからスポーツファンたちを遠ざける原因となるので、非常に悪い事である。マスコミは時々、過剰にライバル意識を高揚させ試合のテンションを高める。だからこそ、満席のマラカナンで、戦争の気配のない素晴らしい一日をみることができとても良かった。そして改めてサッカーは人生と同様に、勝っても負けてもただのゲームという事を我々に思い出させてくれた。今の世界では平和を求める事は普通のこと。私がここで見た映像が世界中を回るように、そして2つのチームがリオリーグの決勝戦で再び素晴らしい試合をみせてくれるよう願っている。たとえ、私がどのチームを応援しているのかを皆が分かっていても決着はまだついていない。どちらが優勝を獲得するか見てみよう…
また来週!



