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"ジーコ10"がキンチーノで開校!

[2009.04.02]
28日の朝、キンチーノ地区・特にヴィタル通りの近くを通りかかった人々はびっくりしたことでしょう。リオ郊外の穏やかな地区には、通行止となっていたいくつかの道と人の多さで騒がしくなっていました。その理由は特別なものだった“キンチーノのジーコ”として知られている最も有名な現地出身者がこの3月28日に、特に州立学校と市立学校の学生達を対象にするジーコ10サッカースクールのフランチャイズを開校、Golaço Socialプロジェクトを開始したのである。56歳を迎えた月にジーコは生まれ育った地区にプレゼントを送った。
「地元の人たちにこのような機会を与える事ができ私は大きな喜びを感じています。私にはここで生まれた誇りがあり、常にこの地域でなにか恩返しをしたかったのです。今日その夢を実現する事ができました」と述べた。
 
ジーコは、特に温かい歓迎の後に「ジーコ10」の本部になるヴィタル・クラブで、プロジェクト発表に喜びを隠さなかった。子供と大人を含む数百人が、到着時から拍手と彼の名前を叫んだ。記者会見も行われ、その後にガリーニョは学生と子どもたちと話すためにステージに上がった。
 
「子供たちの他に、保護者も出席して頂き、嬉しい限りです。ここでプレーするために学校成績が必要ということを皆が知ることは重要です。私は多くの人々がサッカープレーヤーになりたいということを知っています、しかし、私はこのプロジェクトによって医者、エンジニアや他の職業のプロも生じると確信しています」と、キンチーノのプロジェクトにて募集定員を500名に設定したジーコが明かした。

1987
 
コーディネーターはジーコの兄弟であり未だにキンチーノ区に住んでいる、ナンド・コインブラ。そして既にリオデジャネイロ以外に支部を持つ“ジーコ10”を直接管理しているのは、ジーコの次男でリオのCFZの代表取締役社長、ブルーノ・コインブラ。
「私にはキンチーノで暮す機会がありませんでした。しかし、私の兄弟と同様に、我々はこの地区に対して愛情をもち、そして父の人生で重要性がある地区だとわかっています。我々はこのプロジェクトをここで開始し、地域に貢献できて嬉しいです。そして我々は、ブラジル中で“ジーコ10”の1000校達成を目指します」と、フランチャイズのマネージャーのファビオ・ソドレーと共にブラジルで“ジーコ10”を開発するブルーノが語った。
80番地に位置するヴィタル・クラブは、既にフランチャイズを持つ市役所の代表者たちを迎えた。リオデジャネイロ市長のエドゥアルド・パエスもイベントで代表された。同イベントは、ジーコ長年の友人であって、ガリーニョのCaderno de Gols (得点ノート)のオリジナル標本を持つジャーナリスト、イアタ・アンデルソンが司会を務めた。
ピッチでパーティ
公式プレゼンテーションの後、ジーコはヴィタル通りのすぐ近くで、ジーコをサッカー界へ発掘したセルソ・ガルシアが住んでいたコルンビア通りのピッチへと進んだ。小さい土のピッチは、プロジェクトによる子供達の最初の第一歩でありプレーする場所。そこで「ジーコ友達(Juventude) 対 フラメンゴ マスターズ」のフレンドリーゲームを行った。
地区のチームで、ジーコは兄弟のナンド、トゥニコとエドゥーの他に、息子のブルーノと何人かの友達を集めた。フラメンゴ側では、ゴールにはゼーカルロス、アジーリオ、ネーリオ、ヘナト・カリオカ、ギウマル・ピポカ、ノゥネス、ゼーカルロスII、ジュリオ・セーザル・ウリゲレルとその他の元名選手。ジーコはブルーノにパスを出し、彼は得点を決めた。ジーコもマークを残したが得点はさほど重要ではない!大事なのお祝い、プロジェクトの式典そのものが、まだ前半の1分であるが、すでに社会的スーパーゴールなのだ!

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